第8話 天使の囁き
うっすらと目を開くと、女の子の顔が見えた。
やや勝ち気そうな美しい顔。美少女である。
その時、俺は思い出した。男たちに短剣で刺されたことを。
そうか。死んだのか。
俺は思った。そうであるなら天使が目の前にいることもわかる。
十七歳で死んでしまうのは早すぎる気もしたが、仕方ないという思いもあった。せめて、あの獣が助かっていてくれればと願った。
「……気がついたようね」
天使が声をかけてきた。可愛らしい声だ。こういうのを鈴が鳴るようなというのだろう。
俺は身を起こした。とたん、くらくらと目眩がした。
「だめよ、急に動いちゃ」
天使がいった。
「わかりました、天使様」
俺はいった。すると天使は首を傾げた。
「天使?」
「はい。神様のお使いでしょ。迎えに来てくれたんですね?」
「迎えにきたわけじゃないけど。まあ、いいわ。ともかくしばらくじっとしていて。傷はふさがったけど、失われた血まではもどっていないから」
「傷? 血?」
半身を起こした状態で、俺は自身の身体を見下ろした。
服が赤黒く染まっている。おそらく血だろう。
「……もしかして、俺は死んでいないんじゃあ──」
「当たり前でしょ」
至極当然だという口振りで少女はいった。
「でも俺は刺されて」
その時になって気づいた。少し離れたところに三人の男たちが倒れていることに。あの三人だ。
「どうして……」
俺は声を失った。何が起こったのかわからない。
俺はよろよろと立ち上がった。歩きよって男たちの様子を探る。
男たちの胸は動いていた。息もしている。気を失っているだけのようだ。
少女のところまで戻ると、俺は訊いた。
「ええと。あの人たち、どうしたのかな?」
「知らない?」
少女はこたえた。そして問い返してきた。
「わたしはフォシア。あなたは?」
「俺は晴人」
「ハルト……」
言葉を噛み締めるように少女──フォシアがつぶやいた。名前が珍しいのかもしれない。
「ねえ」
少しの沈黙の後、フォシアが口を開いた。
「ハルト。あなた、この世界の人じゃないでしょう?」
「えっ!?」
俺は驚いた。フォシアが俺のことを見抜いたからだ。
確かに日本人である俺はムヴァモートでは珍しいのかもしれない。けれど異世界の人間だとわかることはないだろう。
「あの……確かに俺はこの世界の人間じゃないけど……。どうしてわかったの?」
俺は訊いた。彼女にただならないものを感じたからだ。
異世界においてすら異なる感じ。もしかするともとの世界に戻る方法をしっているかもしれない。
「うーん。なんとなくかな」
フォシアがこたえた。嘘をついているといるという感じはない。
「なんとなく?」
「そう、なんとなく。ところで、ハルト。これからどうするの?」
「どうする?」
俺は戸惑った。
どうするもこうするも、突然異世界に迷い込み、いきなり城から放り出されたのだ。何をどうしていいのか、まるっきりわからない。
「どうするといわれても……」
「しばらくは暮らしていけるお金はあるみたいだけれど、それもいつまでも続かないわよ」
「そうだよなあ」
俺は倒れた男のそばに落ちている袋を見た。まだ手つかずのはずである。
「暮らしていく方法を見つけないといけないな。でも……」
俺は困惑して言葉を失った。そう簡単に異世界で働くことができるとは思えない。
それはわかっているのか、フォシアがうなずいた。
「そうよね。異世界人のハルトでも暮らしていける方法なんて、そう簡単にはない……あっ!」
何を思いついたのか、フォシアが大きな声をあけた。俺はびっくりしてフォシアの顔を覗き込むと、訊いた。
「ど、どうしたの?」
「思いついた。ハルトの生きる道」
フォシアの目がきらきら輝いている。お手が上手くできた時の小犬の目に似ている、などと思いながら俺は訊いた。
「俺が生きる道って……何?」
「バンサー」
ニッ、とお転婆娘のようにフォシアは笑った。
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