第5話 特殊能力

「えっ」


 愕然として俺は声をもらした。すぐには理解できない。


 それは他の者も同じであったようだ。賢一ですら絶句している。


「………帰ることができないって、どういうことですか?」


 ややあって俺は聞いた。自分の声でありながら、どこか遠いとこらから響いてくる声のようだ。


「その言葉通りの意味じゃ。そなたたちがもとの世界に帰ることはできぬ」


「そんな……」


 結菜が声を途切れさせた。冷然とした顔にひびが入っているように見える。


「嘘だ!」


 美穂が叫んだ。恵美は泣きだしている。ようやく自分たちがおかれた状況の深刻さがわかってきたようだ。


「嘘ではない」


「嘘。本当は帰る方法があるんでしょ!」


「かわいそうだが、ないのだ、娘よ。だから、そなたたちはこの世界で生きていかねばならぬ。ならばじゃ、せっかく得た力、役立てたいとは思わぬか?」


 ザバーイドがいった。至極真面目な顔つきだか、なぜたかおれにはほくそ笑んでいるように見えた。


 すぐにはこたえられない俺たちに、埒があかないと判断したのか、ザバーイドが提案した。


「どうするかは後のこととして、ひとまずどのような力をもっているか確かめてみてはどうじゃ?」


「そんなことがわかるんですか?」


 思わず俺は訊いた。絶望に暗くなっていた賢一たちの顔にわずかだが光が戻る。特殊な力というものに、やはり興味があるのだ。


「わかる。魔法でな」


 ザバーイドが杖を掲げた。すると敦が声をあげた。


「俺だ。まず俺の力を調べてくれ!」


 他の者を押しのけるようにして敦が前に出た。好奇心と優越感に顔が輝いている。


 勉強もだめ、運動もだめ、自慢は多少腕っ節が強いだけ。そんな敦にとっては素晴らしい贈り物を受けとったような気分なのだろう。


「一人めはそなたか。わかった」


 ザバーイドが杖の先端を敦にむけた。今や異世界の言葉が聞き取れるはずの俺にもわからない呪文を唱える。


 次の瞬間、杖の先端が星の光を集めたように輝いた。


「ふうむ」


 ザバーイドはうなった。


「な、なんだよ。どんな力なんだ、俺の力ってのは?」


 勢い込んで敦が訊いた。アニメなんかのスーパーヒーローにでもなれると思っている顔つきだ。


「剛力じゃ」


「ご、剛力?」


「そうじゃ」


 うなずくと、ザバーイドは周囲を見回し、一人の騎士に目をとめた。


「来い」


 ザバーイドが招いた。騎士が歩み寄ってくる。


 俺は目を見開いた。騎士の偉容にあらためて驚かされたのだ。


 背の高さも筋肉の厚みも敦とは比べもなにならなかった。本当の戦士とはこのようなものなのだと実感させられる。


「な、何だよ」


 敦が顔をこわばらせた。何をさせられるのかわからず、びびっているのは明白である。


「そう警戒せずともよい。力比べをするだけじゃ」


 苦笑すると、敦と騎士にむかって手をくめとザバーイドは命じた。騎士は無言で、敦は不承不承といった様子で手を組む。


「さあ、それぞれに力を込めよ!」


 ザバーイドが命じた。すると騎士が力を込めた。女性の太股ほどの太さのある腕の筋肉が膨れあがる。


 一瞬間だった。敦が組み伏せられたのは。


「な、なんだよ!」


 敦が怒鳴った。顔を真っ赤にしてザバーイドを睨みつける。


「特別な力があるなんて騙しやがって。そんなものないじゃねえか!」


「それは、そなたが自覚せぬからじゃ」


 ザバーイドが静かな声で答えた。


「じ、自覚?」


「そうじゃ。力がある、と自覚せねば力は眠ったままじゃ。信じるのじゃ。己には力があると。さあ、もう一度じゃ」


 ザバーイドが促した。


 舌打ちすると敦が立ち上がった。顔は、しかし真剣そのものだ。目つきが変わっていた。


 もう一度敦と騎士が手を組んだ。敦は口の中でぶつぶつと何かつぶやいている。


「さあ、両者とも、力を込めよ!」


 ザバーイドが命じた。はじかれたように騎士が力を込める。


 誰もがさっきの光景の再現を予想した。が、違った。


 騎士の腕の筋肉は先ほどと同じように盛り上がっている。が、敦は微動もしなかった。


「はあ、そういうことかよ」


 敦が力を込めた。すると騎士ががくりと膝を折った。


「あっ」


 俺は思わず声をもらした。信じられない光景を目の当たりにしたからだ。


「へへへ」


 薄笑いを浮かべると、敦がさらに力を込めた。騎士の腕が気味の悪い音をたてる。


 騎士の悲鳴とザバーイドの制止の声がかさなって響いた。


「は、ははは」


 騎士の手をはなし、敦は哄笑をあげた。嬉しくてたまらないように。


 ごくりと唾を飲み込み、他の者たちは敦を凝視していた。信じられないものを見るように。


 それは俺も同じだった。言葉もなく敦を見つめる。


 今見た光景は想像を絶するものだった。巨漢の騎士を赤子の手をひねるように敦がねじ伏せてしまったからだ。


 が、これは決して夢などではなかった。幻でもない。


 現実だった。ザバーイドのいう通り、敦が特殊な力を発揮したんだ。


「どうじゃ。これでわしのいったことが本当だとわかったじゃろう?」


 ザバーイドがいった。


 すると待ちかねていたように他の者たちが声をあげた。自分たちの力を目覚めさせてくれと。


 次々に同級生たちの力が発現していく。それは、まさに人外の力だった。


 そして、最後。俺の番だ。


 恐る恐る俺はザバーイドの前に進みでた。期待と不安を胸に抱えて。


 当然、俺にも超常の力が宿っているはずだ。本当に元の世界に戻ることができないのかはわからないが、特殊能力をもつことは魅力だった。


 俺の前でザバーイドが杖を掲げた。今までと同じように杖の先端が輝く。がーー。


「うん?」


 ザバーイドが唸った。怪訝そうに眉毛をひそめる。


「これはーー」


 ザバーイドが声を途切れさせた。不安になった俺は訊いた。


「あ、あの……俺の力は何なんですか?」


「あ、ああ。そなたの力は獣に好かれるじゃ」


「えっ」


 ザバーイドのこたえに、俺は絶句した。ややあって喉にからまる声を押し出す。


「あ、あの……今、獣に好かれるって」


「そうじゃ。獣に好かれる。つまりは獣と親しくなれるという特殊な力じゃな」


 ザバーイドがこたえた。するとはじかれたように敦が笑い声をあげた。


「くははは。こいつはおもしれえ。獣に好かれるか。稲葉にはぴったりだぜ」


「そうだね」


 美穂も腹を抱えて笑い出した。彼女の特殊能力は確か魔獣使役だった。


「おんなじ動物を使うのに、わたしの力と比べるとなんて間抜けなの。でも稲葉らしいっちゃあ、らしいよね」


 笑いながら美穂がいった。賛同するように他の者たちの笑い声がさらに高まった。


 気づけば、この世界の者たちも苦笑している。


 ザバーイドは苦いものを噛んだように顔をしかめていた。このような特殊能力を発現した者など、今までは誰もいなかったのだろう。


 ただ一人、俺に同情的な視線を送ってくれている者がいた。エーハート王の隣にたたずむ気品に満ちた美しき姫だ。


「わかった」


 エーハート王が声を発した。さして大きくない声だが、威厳があるためか、この場のすべての者が口を閉ざした。


「異界の者たちよ。やはり、そなたたちには特別な力があったようじゃな。どうじゃ。エーハート王国に仕える気はないか?」


 エーハート王が問うた。


 俺は皆を見回した。さすがに誰もすぐには返事はしない。


「ーー少し考えさせてもらえませんか?」


 賢一がこたえた。


「考える?」


 エーハート王の目が冷たく光った。そのように俺には見えた。


「まあ、よかろう。が、あまり時はないぞ」


 エーハート王が冷然と告げた。


 すると立ち並ぶ男たちの一人が口を開いた。細面で、高く細い鼻が特徴的な小狡そうな男である。


「結論がでるまで、その方たちはこの城にとどまっていただく。今、部屋を用意させているのでしばらく待っていてもらいたい。ただ」


 男はちらりとエーハート王を見た。それから目を俺に転じた。嫌な予感か急速に胸の中に広がる。男はいった。


「ハルトともうしたか。そなただけは別だ。他の者たちにはここにとどまってもらうが、そなたには出て行ってもらう」

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