第4話 王と姫と魔道師と
大広間。
謁見の間というやつだ。
階段の上に豪奢な座がしつらえてあり、男が座っていた。
四十代半ばほど。豪華な衣服をまとっており、厳かな雰囲気をたたえている。他者を見下すことに慣れた目つきをしていた。
男の隣には少女が佇んでいる。透き通るほど肌の白い、人形のように綺麗な少女であった。
少女から視線をはずすと、俺は左右を見た。数人の男たちが佇んでいるのだが、中に騎士がまじっている。
さらに、一人。雰囲気の違う男が一人いた。
フードつきのローブをまとった老人だ。奇妙な文字の彫られた杖をついている。
戸惑った俺たちはキョロキョロと辺りを見回していた。さすがにここまでくると敦もドッキリ番組だとは思わなくなっていて、ふざけた様子はなりをひそめている。
すると老人が動いた。俺たちの方に歩み寄ってくる。
黙ったまま老人は手を差し出した。開いた掌の上には数個の指輪がのっている。
老人が俺たちにうなずいてみせた。どうやら手にとれということらしい。
困惑して俺たちは顔を見合わせた。わけがわからないからびびっているのである。
促すように老人が俺に手を突きつけた。誰もが俺を息をひそめるようにして見つめている。
運の悪さを呪いながら、俺は指輪を手にとった。多分そういうことだろうと思って指にはめてみる。
「……どうじゃな」
はっとして俺は目を見開いた。声がーー老人の声が聞こえたからだ。いや、わかったという方が正解か。
「あの……声が」
「わしの言葉がわかるようじゃな」
老人がいった。俺はうなずくと、
「この指輪が?」
「そうじゃ。魔法の指輪でな。ムヴァモートの言葉を話せるようになるのだ」
老人がいった。後にわかることになるのだが、この世界のことを住人たちはムヴァモートと呼んでいるのだった。
その時、背中を小突かれた。
敦だ。何か喋っているが、まったくわからない。
「あっ」
俺は指輪をはずしてみた。するとーー。
「ーーどうしたんたよ。急にわけのわからない言葉で話し出しやがって」
敦がいった。
それで俺は得心した。指輪の特性を。
指輪をはめた者は、この世界の言語を操ることができるようになるが、代わりに他の言語が理解できなくなるのだ。だから指輪をはめたままでは敦の言葉かわからなくなってしまったのだ。
俺はみんなに指輪を示してみせた。
「この指輪だよ。魔法の指輪だって。これをつけたら言葉がわかるようになったんだ」
「魔法の指輪?」
胡散臭そうに俺がもつ指輪を見やってから、賢一が老人の手から指輪をとった。指にはめる。
老人が話しかけた。
一瞬驚いたように眉をあげると、賢一が声を返した。言葉が通じたのだ。
慌てて他の者たちも指輪をはめた。俺もまた。すると賢一と老人の会話の内容がわかった。
「では、ここは本当に異世界……僕たちが住んでいた世界と違うのですね」
「ああ」
老人が深く首を縦に振った。そしてザバーイドと名乗った。
ザバーイドが語るところによると、ムヴァモートには俺たちと同じように地球人が何度か転移してきているらしい。そして、彼らはそのことを承知しているようなのだ。
「だから騎士も慣れた様子だったのか」
俺は独語した。するとザバーイドは座した男に目を転じた。
「王様。指輪を渡し終えました」
「そうか」
王様とよばれた男は鷹揚にうなずいた。
「異界の者たちよ、よく来た。わしはエーハート王じゃ」
「よく来たじゃねえよ」
敦が怒鳴った。そしてエーハート王を睨みつけた。
「旅行じゃねえんだ。誰が好きでこんなところに来るかよ」
敦がいった。
王という存在によくくってかかれるもんだと呆れたが、あながち敦のいうこともまちがっていないと俺は思った。たしかに俺たちは好んでこの世界に来たわけじゃない。
「無礼者!」
騎士の一人が叫んだ。すでにその手は剣の柄にかかっている。
「王にむかって何たる口をたたくか。口を慎まねば剣の錆としてくれるぞ!」
「ひっ!」
みっともなく敦が悲鳴をあげた。弱い者しか虐めることのできない男の正体である。
「よい。静まれ」
エーハート王が静かな、しかし反駁を許さない声で騎士を制した。はじかれたように騎士は剣の柄から手を離し、退いた。
「異邦の者たちよ。名を聞こう」
エーハート王が問うた。すると真っ先に賢一が口を開いた。
「僕は谷原賢一」
「わたしは服部結菜」
結菜が名乗った。他の連中も次々と名乗る。最後に俺が名乗った。
「王様にお聞きしたいことが」
俺が名乗り終えるのを待って、賢一が再び口を開いた。
「ふむ。わしに聞きたいこととな。さも、あろう。何じゃ?」
「聞きたいことは二つあります。一つは、この城に僕たちが連れてこられた理由。それからもとの世界に帰ることができるのかということです」
「ふむ」
エーハート王は感心したように声をもらした。
「そなた、なかなかに頭が良いようであるな。異邦の者で、うろたえもせずにその二つを問うたのはそなたが初めてじゃ。ザバーイド」
エーハート王が目をむけると、ザバーイドがうなずいた。
「王様に代わり、わしがこたえよう。まず、何故そなたたちをここに連れてきたかということじゃが、それはそなたたちに用があるからじゃ」
「俺たちに?」
俺は眉をひそめた。王国が、いかに異世界人とはいえ、ただの迷い人に用があるとは思えないからだ。
俺の表情から疑念を読み取ったのだろう、ザバーイドは俺にむかっていった。
「そなたたちには、この世界の者にはない特別な力があるからじゃ」
「そんな」
馬鹿な、という言葉をあやうく俺は飲み込んだ。特別な力なんかあるはずがないからだ。俺に特別な力があったなら、こんなに苦労するはずがない。
けれどーー。
いや、とザバーイドは確信を込めた声でいった。
「そなたたちは気づいていないだけだ。すでにそなたたちには力がやどっておる。理由はわしにもわからぬが、世界を移る時に、どうやら力を身につけるようなのじゃ」
「本当に?」
俺たちは顔を見合わせた。そんな感覚はまるでない。
「でも」
結菜がザバーイドに疑いの眼差しをむけた。
「本当にわたしたちに力があったとして、どうして王国がわたしたちに用があるのですか。この世界には魔法という、とてつもない力があるのでしょう?」
「魔法か」
ザバーイドが苦く笑った。
「魔法とはいってもの 、それほどたいしたことはできぬのじゃ。時間をかけ、多くの魔道士を使い、それてもできることはたたがしれておる。たとえば戦場に霧を発生させるとかの。が、これを成すにはかなりに時間と人手がいるのじゃ。が、そなたたちは違う。英雄としての力をすでに身につけておる」
「ちょっと待ってください」
賢一が慌ててザバーイドを遮った。
「聞いていると、僕たちにこの国の兵士になれとおっしゃっているようなのですが」
「ありていにいえば、そうじゃ」
重々しくザバーイドがうなずいた。
俺は息をひいた。他の者もおそらく同様だろう。
俺たちはさっきまでは普通の高校生だった。それが、いきなり兵士となれといわれても思考が追いつくはずがない。
すると、ふんと美穂が鼻を鳴らした。
「何いってるの、この爺ちゃん。わたしたちに兵隊になれっての? なるわけないじゃん」
「そうです」
たまらず俺が声を発した。とんでもないことにーーすでに巻き込まれているのだがーーなろうとしている気がしたからだ。
俺は続けた。すがるような声で。
「そんなことより教えてください。どうやったらもとの世界に戻れるんですか? もう何人も俺たちのような人間がやってきてるんでしょう。その人達はどうやってもとの世界に帰ったんですか?」
「生憎だが、帰る方法はない」
鉄の感触の声でザバーイドがこたえた。
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