第3話 高揚
夕飯はクリームシチューだった。
今年大学二年になった兄貴は「半袖で食うもんじゃねえ」と文句を垂れていた。荒々しい上にちゃらんぽらんな性格で、日夜サークルに、飲み会に、アルバイトに勤しんでいるが意外にも風情に重きを置いている。なにかと献立に口を出しては母さんと軽く口喧嘩になってしまう。
お陰で我が家の食卓はいつも賑やかだ。
かく言う僕は、母さんお手製のクリームシチューはご飯にもよく合って大好物だ。一年中食べたいけれど、それはきっと兄貴が許さないだろう。
大好物のクリームシチューなのに、今夜は味がさっぱりわからなかった。
もし食事中に彼女から連絡が来てしまったら……。ただでさえ部活の都合でこちらに合わせてもらっている。彼女の興が削がれてしまっては折角の機会を逃してしまわないだろうか?
なんてったって、顔すら覚えられていない存在なのに。
掻きこむようにさっさと食事を済ませると、母さんが訝しげに「おかわりは?」と言った。
ごめん今日はそれどころじゃないんだ、とはさすがに言えず「疲れすぎて食欲がないんだ。また明日の朝食べるよ」とだけ伝えた。
部屋に戻りスマホを手に取ると、一件のメッセージが通知されていた。
「塚本です。今から電話いいですか」
十五分前に届いていた簡潔なメッセージには、彼女の人柄が表れているように思えた。
言葉を過度に装飾することなく、思ったことを真っ直ぐに伝えられる彼女を心底素敵だと思った。
彼女と足並みを揃えて、短く了承のメッセージを送る。
僕だけが彼女とのやり取りに盲目になっている様を、悟られたくはなかった。
じんわり、じんわり、内側から蝕んで、気づいた時には僕なしでは生きられなくなればいい。
それまでに彼女が彼女で居られる場所を、迎え入れるだけの環境を整えて、大手を振って抱き締めたい。くたくたになるほど舐めまわして、飲み込んでしまってもいい。
それはきっと、あの日彼女が向き合った電動轆轤の盤上の、溶けるように柔らかい粘土の味。
僕が好きになったのは、そこら辺に転がった、ありふれた女の子ではないのだから。
すぐに既読になり、電話がかかってくる。
画面に表示される塚本茜と着信中の文字をいつまでも眺めていたいと思う反面、早く二人きりで会話を交わしたい気持ちが混じり合う。
……急ぐ必要はない、彼女からの着信なのだ。好機は今回の一度きりではないし、なんなら自分で作るものだ。相手に作られた好機など、好機ではない。
自分自身でしっかりと準備をして決戦に臨めばいいだけ。
手のひらで震えるスマホを見つめ、幸福感を味わう。たっぷりと間をとってから、緑のボタンをタップした。
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