第2話 盈月

 陶芸の授業の翌日、彼女は奇行の所為で時の人となった。

 登下校の時間と、昼休み、なぜか腕組みをして、目を瞑って仁王立ちしている。

 通行人の邪魔ではあったけれど、奇行も奇行なので皆、彼女を避けて行き交う。

 基本的に他クラスと合同の芸術科目の時間しか彼女との関わりはない。言葉を交わしたのもこの間の会話が初めてだった。故に「こんなところでなにをしているの?」と気軽に話しかけられる関係でもない。

 謎は謎に包まれたままだった。

 

「もうっ、なにやってんの!」

「まーたやってるよ。いい加減にしな!」

 奇行が始まって三日、毎回同じクラスの女子に両腕を引っ掴まれて退散している。彼女の周りは面倒見のいい友人が多いらしい。


 四日目の金曜日、目を瞑り、仁王立ちしている彼女が行く先に佇んで、というより金剛力士像の如く待ち構えていた。

 

「この光景、意外と慣れたな」

 隣を歩く友人、金田が呟いた。

「ははっ。塚本さんって感じでいいじゃん」

 彼女はカッと目を見開いて、ズカズカと大股で歩み寄ってきた。

 

「ねぇ、エプロンの!」

 僕の両腕を掴み、顔をにじり寄せてくる。

「え? エプロン?」

「そう! 工芸の授業のときの!」

 エプロンを着けないのか、と問いかけたことだろうか。まさかあのとき振り返りもしなかった彼女が、会話を覚えているだなんて思いもしなかった。

 

「君を探してたんだよ! エプロンくん」

 金田がぷはっと笑い出した。塚本さんは金田を一瞥もしない。彼女の力強く真っ黒な瞳には、僕しか写っていないようで、なんとも言えない幸福感がじわじわと染み渡っていく。

 

「エプロンくん、先行ってるわ」

 ちょっと待って、という僕の言葉を完全に無視した金田は意味ありげな笑顔を浮かべてさっさと行ってしまった。

 

「エプロンくん、ってどういうこと?」

「あのとき、手が離せなかったから君の顔を見て話せなかったの。私、君の声しか覚えてなかったから、だからこうして廊下で君の声を探してた」

 なるほど。それで目を瞑っていたのか、と合点がいった。

「エプロンくん、君に話したいことがあるんだけど放課後時間ある?」

「え、部活があるから……終わってからじゃ遅いよね? 暗くなるし」

 それじゃあ、とスマートフォンを取り出しあれよあれよという間にIDの交換をした。

「夜電話するから。じゃあね、エプロンくん!」

 金田からも塚本さんからも置いて行かれ、一人ぽつんと呆気に取られていた。


 突然現れ、嵐のように去っていく。彼女の長い髪の毛が右に、左にリズミカルに揺れるのをただ眺めていた。

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