2.
そのときは、咲良が幽霊だと……いや、この世に幽霊がいるとは思っていなかった。
図書室に行くと、いつもそこに佇んでいる背の高い少女。
本を読むわけでも、誰かと話すわけでもなくただ窓から景色を眺めている不思議な人だと思った。
その印象が変わったのは二月の末。
いつものように私が図書室に行くと、咲良もまた図書室にいた。
私が少しの間咲良を見ていると、図書委員の生徒が話しかけてきた。
「
「何って……いつもそこの窓のところにいる人がいるでしょ。何をしているのか気になって」
すると彼女は、笑顔を引きつらせた。
「それ、冗談? だとしたら面白くないよ」
そういわれ、ようやく私は窓際の少女が現実のものではないということを気づかされた。
半年ほど前の七月に自殺した一年生がいたと話題になっていた。
この学校は各学年二クラスずつの編成で、人数も全部で八十人ほど。だから、それが明らかになったときはかなり騒ぎになった。
私は彼女と面識があるわけではなかった。だから、彼女が何を思い、何に絶望し、そしてなぜ死を選んだのか。何も知らなかったし、知る権利もないと思う。
咲良は自殺したその生徒だった。
修了式のあと、いつものように私が図書室に行くとその日は誰もいなかった。
当たり前かと思いながら私が本を探そうとすると、彼女がこちらへ近づいていた。
「すみません。
一瞬、なんて返すべきか考えながらも、
「そうだけど」
といった。
咲良は幽霊といっても普通の人間と変わりなく、手足もついていて血色もよい健康そうな少女の風貌をしている。
ただ、幽霊になったことで実体をなくしたらしく、机を貫通してその場に立っていた。
彼女は机の中にいて、腰ほどの高さがある机がちょうど腰を起点に身体を二分割している。
特に机が身体を貫通していることによる影響はないようで様子は変わっていないのだが、その通常では見ることができない光景に私はかなりぎょっとしていた。
「いきなりごめんなさい。でも、私のことが見えていたのが枯琉さんだけだったから」
「あー……刹那でいい」
私がそういうと、咲良は嬉しそうに笑った。
何がそんなに嬉しいんだと疑問に思ったが、尋ねる間もなく咲良が口を開く。
「なら、刹那さん。実はね、私もあなたのことを見ていたの。私がこうなってから、私のことを見てくれる人なんていなかったから。でも話しかける勇気はなかった。本当に見えているのかわからないし、見えていたとしても声が聞こえるかわからないから。だから、こうして話せて本当に嬉しいの。いったいいつぶりかわからないくらい久しぶり」
咲良は話しているうちに泣き出してしまった。
孤独のつらさは私も痛いほどよくわかる。だから励まそうと思ったのだが、目の前で泣かれてしまっては行動が一手遅れる。
「ちょ、ちょっと、大丈夫?」
「ごめんなさい、勝手に……」
彼女が流す涙もまた実体がないようで、流れても机に落ちることなくすり抜けていった。その行き先に果てがあるのか気になってしまった。
咲良を落ち着かせるために肩に手を置こうとしたが、そもそも私が触れるのかどうかわからないことを思い出す。触れたとして、私が勝手に触れてもいいのだろうか。
どうするべきか逡巡している間に、咲良は泣き止んだ。
「こんなにうれしいのは久しぶり。人に会えたから」
私はそれを聞いて、なんといえばいいかわからなくなった。
会うべき人間が私でよかったのだろうか。
そう思う私の胸中を知る由はなく、咲良はいった。
「私は釈嵐咲良。よかったら友だちになってくれる?」
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