第8話 魔女のコインと白銀の髑髏

 譲治は掌と指でコインを器用に弄びながら眺める。

 妖しい照りを持つそれと僅かな汗が触れ合うことで、より輝きを増していた。


「あの、これは?」


「魔女の力を秘めたコインだ。裏表のとおり、二択からではあるが相手の持つ運命、その先にあるあらゆる終末をこのコインで決めることができる。苦痛による死か、恐怖による死か。お前のことを憎んでいる相手やお前が復讐したいほどに憎んでいる相手なら、レベルの差やスキルの内容に関係なく、コインの決定は作動する。……まぁぶっちゃけこのほかに色々できるが、あとは自分で掴め」


 逆にそれほど憎んでもいない相手なら、あまり効果は望めないということでもある。

 

 さらには譲治に対して憎しみではなく好意を抱く相手には、せいぜい表か裏かの決定くらいしかできないということだ。


 コインによる裁定内容は自分で決めること。

 どのような苦痛を以て死ぬのか、どんな恐怖を以て死ぬのか。


 それは畑中譲治次第だ。

 死以外にも色々と自由が利きやすいのも、このコインの良いところらしい。


 聖霊兵とこのコインが譲治の主力となる。

 コインで決めるのは苦痛か恐怖、そのあとに安息なき死を。


 そう、譲治が味わった感情たちだ。

 だが譲治はこれだけでは足りないとずっと思考を巡らせている。


 アルマンドと出会い学んだことで【魔女の叡智】というスキルを獲得した。

 このスキルがあれば様々な薬品やアイテムが作れる。

 それこそこの異世界では本来作れないものや、宇宙的冒涜(コズミックホラー)なものまで。


 だがまだまだ未熟さが残るスキルの練度であり、そういったアイテム作成が可能なのはこの工房にいるときまでだ。

 ここには材料が十分揃っている。


 あまり持ち過ぎるのも身体に負担がかかってよくない。

 こうして色々考えていると、譲治の身体が震えてくる。


 武者震いだ。

 あの連中に目にものを言わせるときがやってきたのだ。


「フフフ、中々にいい面構えだ。なにか作りたいものがあるのなら工房を好きに使え」


「ありがとうございます」


「さて、次だ。次こそが最も重要な要素だ」


「それは、なんです?」


「……決まってるだろ。衣装だ」


 アルマンドが持ってきた衣装。

 特殊部隊のプロテクターのようなものが取りつけられている全体的にモスグリーンを主とした色合いの僧侶風の服。

 顔面には不気味に笑んでいるかのような白銀の髑髏のような面頬だ。


「この面頬には特殊な効果があってな。四六時中流れるお前さんの涙を抑えてくれる。たまに流れちまうこともあるだろうが、これの効果ですぐに治まるだろう」


 悠々と説明するアルマンドの傍らで、ひとり固まっていた譲治。

 カッコいいにはカッコいいのだろうが……。


「あの、アルマンドさん」


「あん?」


「これ、ホントに着なきゃいけないんですか?」


「なんだよ。お前さんらジャパニーズボーイはこういうの好きだろ?」


 これを着てクラスメイトたちの前に行かなくてはならないのかと思うと、恥ずかしさが勝ったのだ。

 ファンタジーな世界観とはいえ、こういった着飾りを自分がするのに抵抗があった。


「この衣装を身にまとって復讐に乗り出す。いやぁ~いいねぇ。絵になるわ。お前さんかっこよくなるぞ? どうだ?」


「凄くいいデザインですね。……お気持ちだけ受け取っておきます!」


「待てや!!」


 どうしてもアルマンドは自身の楽しみのためにこれを着せたいらしく、着なければプレゼント返せとまで言い出してきた。

 譲治は渋々これを着ることを承諾することに。


「ったくしゃ~ねぇ~なぁ。まぁイヤイヤやらすのもなんだ。お詫びとして、久々に夜に甘えさせてやるよ。ベッドの中でたっぷりと、な」


「……え!?」


 耳元でささやいてきたアルマンドに、譲治は生唾を飲む。

 思春期の高校生にとってアルマンドの妖艶な佇まいはあまりにも刺激的過ぎる。


 しかも、譲治は一度彼女とそういう関係を持っていた。

 ベッドの中で優しくしてもらえたあの感覚は覚えている。


「どうだ~。いい提案だろ?」


「は、はい」


 こうして、譲治は復讐に乗り出すための準備を始めた。

 譲治はアルマンドの知恵も借りながら、アイテムを作成したりと急ピッチで仕上げていく。


 そして3日後、彼はアルマンドから貰ったアイテムと、自分が作り出したアイテムを装備し、皆が待つあの大地へと足を踏み入れることに。


「さて、今回の復讐はオレもかなり注目している。オレが今まで関わってきたのとはちょいと違う状況になってるからなぁ」


「……ただ復讐するだけっていうのに、そんなに違うもんなんですか?」


「あぁ、仔細は現地に着いてから話そう。さぁ行ってこい!」


 あの衣装をまとった譲治は白銀の髑髏の面頬を取りつけ、アルマンドに作ってもらったワープホールに踏み入れる。

 目を細め、杖を突きながら進むと、光景は一気に変わった。


 広い草原だ。

 春の風が草木を優しく揺らし、暖かな陽光がこれから進むべき道を照らしている。


 しばらくずっとそこを眺めていたが、ここでアルマンドからの念話(テレパシー)による通信が脳内に響いてきた。


『どうだ譲治。久々の外だぜ』


『えぇ、のびのびしますよ。ちょっと寝そべってみたいッスけど、それは次の機会にとっておきます』


 アルマンドと念話を交わしながら杖を突いて歩いていく。

 聖杖『ホーリー・クイーン』を改造してのこの松葉杖の性能は実にいい。


 腕が疲れないし、痛みもしない上に、なんらかの補助機能がついているのか、とても楽に道を進むことができる。


『お前さんのその様子だと、その杖になんらかの不調は見られないようだな』


『当たり前ですよ。アルマンドさんの発明品なんですから』


『ハッハッハッ、言うねぇ。……さて譲治。早速話だが、お前さんを貶めた主犯の5人のクラスメイトのことだが……


『いない? どういうことです? まさか復讐がバレたとか……』


『いや、そうじゃない。すべてを話すのも面白くねぇから、ちょいとかいつまんで話すぞ?』


 曰く、譲治がいなくなったあとに砦の中で彼の無罪を訴える人間が現れたのだとか。

 同じクラスメイトで、その人物は頭脳を活かして譲治を弁護した。


 そればかりかあの5人が捏造したストーリーの粗を見つけて言及していく内に、彼らに貶められたことが明らかになっていったのだ。


 当然クラスメイトたちは騒然となった。

 自分たちの身の危険を感じた5人は、忽然と姿を消し、5人に加担したクラスメイト数人の多くは戦死したか砦内の牢獄に入れられている。


 ────そう、クラスメイト内でのみ、畑中譲治の無実が証明されたのだ。

 しかし残念ながら、王国側は審判の撤回や譲治の捜索などの申し立てをことごとく退けている、とのことであった。


『なるほど……俺の無実が証明されましたか』


『クラスメイトの中ではな。……どうだ譲治ィ?』


『どうって?』


『いや、やる気失せちまったかなぁ……なんて』


『ふっふっふっ、アルマンドさんも人が悪いですね。今の俺がその程度で矛を引っ込めるとでも? 大丈夫ですよ。俺は復讐をやり遂げてみせます。それに、俺が砦に顔を出したら……連中きっと顔を真っ青にするでしょうね』


『それはそれで見てみたいな。よし譲治、砦に赴く前に、ひとりやっちまおう。その道を真っ直ぐ行って西に進んだところにある林を目指せ。そこに"ジュンヤ"って奴がいる』


『ジュンヤ? あぁ、魔術師クラスで、確か今は【レベル142】だったか。無駄に高ぇな……』


 最初の標的は魔術師ジュンヤ。

 どうやら彼は林の中に潜んでいるらしく、ずっと怯えた暮らしをしているらしい。


『さぁ行け譲治! お前さんの復讐をオレに見せてくれ』


『えぇ、任せてください。────俺は、徹底的にやらせてもらいますよ』


 復讐の鬼と化した畑中譲治は目的地へと進んでいく。

 白銀の髑髏の面頬が、陽光によって不気味に輝いていた。


 それは、譲治のフェイスを体現したような妖しさだった。

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