第7話 復讐の牙は研がれた

 アルマンドと出会いから、時は過ぎ……。

 冬を越して温かな陽光が春の訪れを告げていた。

 

 その間、譲治はずっとアルマンドの特別な治療とリハビリ、そしてトレーニングなどをして体力をつけていく。

 さらには魔女の持つ知識にも触れ、譲治は薬草の扱いや魔導薬の知識に長けていった。


「ふっ……、ふっ……!!」


 今日もまた自らの身体をいじめぬく。

 滲み出る汗とともに、失った左足からは幻肢痛が、目からは涙が湧き出てきた。

 意識せずともこの涙と痛みが譲治の心と身体を蝕み、あのときの記憶を鮮明に思い出させてくる。


 忌まわしい出鱈目な裁判、そしてモンスターの群れに襲われた絶望の記憶。

 魂の奥底まで刻みつけられ、忘れようにも忘れられない。


 苦痛ペイン恐怖フィアーが譲治の奥歯で噛み締められ、血の味を出してくる。

 しばらくして熱く火照った身体と脳を休めるため、目を閉じて気持ちを落ち着かせることにした。


 そのためによくやっているのが、自身に微笑むアルマンドの姿を思い描くことだ。

 彼女と長くいることで、譲治はすでに心を惹かれていた。


(アルマンドさんもそうだけど、工房も凄いよな……)


 初めてアルマンドの工房を見せてもらったときは度肝を抜かれたものだ。

 魔女の工房というからにはもっと魔術めいた妖しい感じかと思ったが、まるでSF映画にでも出てきそうなものばかりだった。

 

 巨大な白い球体上の物。

 常にうねりを上げる白い複雑な紋様を彩っている鉄の箱の数々。

 

 妙な形状をした物体が所狭しと並び、いくつもある大きな透明の筒の中には、見たこともないような生き物たちが、緑色の液体の中で眠っていた。

 

 少なくともこの世界の技術で成し得るものではない。

 魔女アルマンドの持つ叡智はすでに神の理解すら超えているのだろう。


 曰く、魔女とは魔術師の中でも異端に異端を重ね上げ辿り着いた境地に立つ者の総称なのだとか。

 遠い異界より来たりて、地上に舞い降りては悪さをするらしい。


 それを様々な次元の宇宙にある星々で繰り返してきた存在であり、あらゆる高次元的存在の弱みを握り好き放題を行うという外道の極みを堪能する異端者というのが魔女なのだ。


 譲治以外にも様々な復讐に手を貸してきて、ときにはとんでもない化け物を生み出したこともあるのだとか。


 だが、譲治に未知への恐れはなかった。

 むしろここまで自分の面倒を見てくれるアルマンドに感謝してもしきれないのだから。


 松葉杖を突きながら自室へ戻ると、アルマンドがベッドに寝転びながら待っていた。

 これもいつものことだ。

 

「おう、譲治ィ。松葉杖1本でそこまで歩けるようになったか」


「えぇ、アルマンドさんが色々面倒見てくれたおかげで、レベルも上がりました。……魔女の技術ってホントどうなってるんですか。出鱈目にもほどがある」


「だろぉ? オレがその気になりゃ今のお前さんでもレベルを1000にも2000にもできる、が……」


「それは自分が面白くないからやらない、でしょう?」


 アルマンドの難儀なところとして、こういった気まぐれな面もある。

 アルマンドは、自分が関わる復讐は世界若しくはそれ以上の規模で大きな影響を与えるものでなくてはならず、普通の復讐には興味を示さないのだとか。


 復讐相手に合わせて、その日の気分や、以前の復讐者たちからとったデータを基に発明を行うらしい。

 無論その中に自分も入っているだろうと、譲治は理解していた。


 今こうして譲治に力を貸してくれているのは、世界に影響を及ぼし得る機会があり、なおかつ収集できるデータが存在するというこのなのだろう。

 失敗しないようにサポートはするが、基本は自己責任。


 興醒めなことをすれば、容赦なく切り捨てるという残忍な面も持つ。

 恐ろしい価値基準だが、そんな彼女に譲治は心を許していた。


 あの日以来、譲治は性格が変わったようにあまり笑わなくなった。

 だがアルマンドの前では比較的心が落ち着き、笑顔を見せられる。


 時々彼女のおかしな言動がうつって、本当に精神が錯乱してしまったかのような言葉遣いになることもあったが、譲治にとっては充実した日々だった。


 そして心内で今か今かと待っている。

 アルマンドとの暮らしの中でも、復讐の炎はずっと滾っていた。


「ハハハ、お前さんもわかってんなぁ。さ、座れよ。今日はプレゼントを用意した」


 隣に座らせた譲治の膝に、発明品をそっと置く。

 見た目は松葉杖に近い形状の杖だ。


 だが、その見た目からは考えられないほどの神々しさを秘めていた。

 てっきりもっと悍ましいデザインの発明品を渡されるのではと思ったが、アルマンドの職人とも言えるべき技術に感服する。


「あの、これは……?」


「聖杖ホーリー・クイーンだ。この世界における伝説級装備のひとつだ。僧侶クラスとその上位職のみが持つことが許される。ずっと前に山奥で拾った」


 聖杖ホーリー・クイーン。

 かつて伝説の聖人が持っていたとされる杖で、その杖から半径数mには『聖域結界』と言われる魔除けの加護の上位互換ともいえるものが自動で展開する。


 物理・概念・レベル差を問わず、モンスターからのあらゆる侵入・干渉を不可能にし、アンデッド系に至っては聖域に近づくだけで強制的な浄化が施行されるのだ。

 その気になれば、杖を持ってモンスターの縄張りを歩くだけで皆殺しにもできる。


 さらに『聖霊兵』という【レベル250】相当の守護者を最大10人召喚できるという。

 まさしく聖職者のクラスにとっては私財を投げ売ってでも手に入れたい代物なのだ。

 

「あ、あの……アルマンドさん、そんな代物をアンタ……え、松葉杖に改造したんスか?」


「うん」


「いや、うん……じゃなくて! いや、え゛!? アンタそれ……え、いいんスか?」


「かまへんかまへん。っていうか、そんなのなら100個でも200個でも作ってやるよ」


「大量生産可能な伝説級装備とかワケわかんねぇ……」


「この世界にステータスなんて機能があるお陰で解析がめっちゃ楽なんだ。うん、多分これよりもっと凄いの作れる」


「あの、大丈夫ッス。これ、使わせてもらいます。ありがとうございます」


 モンスターに対して抜群の効果を発揮するが、残念ながら復讐相手は人間なのだ。

 だが、けして無駄な装備ではない。


 現在の譲治は【レベル25】という、僧侶クラスの人間としてはまだまだ未熟さが残るもの。

 実戦経験がないに等しく、左足がないせいでスピードの数値は一向に上がらない。

 攻撃力・防御力ともに心許ない。


 これから復讐する相手は戦場に於いて無数の血を啜り、レベルアップを重ねてきた猛者だ。

 アルマンドに用意してもらった復讐相手のリストの中の人物、

 特に、イズミを含む5人の裏切り者は全員がレベル3桁だ。


 生半な装備では傷ひとつつけられないだろう。

 譲治は試しにホーリー・クイーンを使って歩いてみた。


 サイズはぴったり、なによりこれ自身が譲治を補助してくれているのか、通常の松葉杖より遥かに楽だ。

 そして最後にアルマンドはもうひとつ復讐道具(プレゼント)を手渡す。


 表側に邪竜、裏側に天使が描かれた1枚のコインだった。

 

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