第6話 報復と慟哭を司る魔女

 目が覚めたときには、譲治は天蓋つきのベッドに寝かされていた。

 腕には点滴らしきものがついており、口には酸素マスクも備えらえている。


 あの状況から一命を取りとめたのは確かだ。

 譲治は微睡む意識の中で記憶を辿ってみる。


 クラスメイトたちに無実の罪を着せられて、地獄を味わった。

 そして最果ての地で出会った絶世の美女ともいえる魔女アルマンド。


 心を怒りの渦で乱しながら、その中にアルマンドの姿を思い描く。

 意識を失う前に彼女は言っていたのだ。


 ────慟哭と憎しみの意思に馳せ参じた。


 これがなにを意味するのか。

 怒りの炎の中で、アルマンドが譲治のほうに笑みを零しているのが脳裏に映る。


 ふと目を細めると、両目から熱いものが流れ落ちた。

 大量の涙が、譲治の意思とは関係なく、皮膚を伝って上質な布地へと落ちていく。


 そんなときだった。

 扉が開くような音がして、布が微かに揺れる音と靴音が譲治のほうに近づいてくる。


 大きく目を見開くと、アルマンドが微笑みを以て譲治を見下ろし、妖艶な肉体美を見せつけるような仕草で譲治のベッドの端に座った。

 

「随分と手酷くやられたな。バイタルの数値にも大きな乱れがあった。普通だったら死んでて当然の数値だ。だが、お前さんはオレのお陰で生き返ったんだぜ。光栄に思いやがれ」


「あ、あぁ、恩に着ます」


「ん~、いいねぇ敬語。オレをキチンと敬う姿勢は中々にいい。オレに関わる連中皆オレのこと胡散臭ぇみたいな態度とるからよぉ。いやぁ~新鮮新鮮」


 見れば見るほどに不思議な女性だ。

 なぜか譲治のことを知っている。


 しかも地球についても詳しいようだ。

 魔女の異名にふさわしい次元の違いと言うものが雰囲気で感じ取れた。


「あの、アナタが俺を助けてくれたんですよね。ここは……どこなんですか?」


「ここはオレの秘密の工房。魔術なんて目じゃねぇぞ? オレの研究はそんなレベルを遥かに超越している。……さて、オレ特製の点滴はどうかな? 効き目抜群だろ?」


「は、はい。なんか、身体が軽くなったような……」


「あー、いや、多分気分のせいじゃない。ガチで軽くなってんだわ」


 そう言ってアルマンドは足元の布団をめくる。

 譲治は酸素マスクを外し身体を起こして見てみると、左足の膝から下は存在しなかった。


 魔女の方舟に辿り着いたときに、左足は千切れてしまったままになっていたのだ。

 譲治は怒りと悲しみが合わさった眼光を宿して、目を細める。


 奥歯を噛み締め、拳を握りしめた。

 流れ出ている涙が熱湯のように感じる。


 同時に失ったはずの左足、その爪先や踵などに痛みを感じ始めた。

 まるで死者の霊魂が無念を訴えるように、痛みという信号を以て譲治の心に突き刺さっていく。


 涙が止まらない。

 高校生で"涙はすでに枯れてしまった"というにはおこがましいかもしれないが、別に泣きたい心境でもないのに、涙は関係なく流れ続ける。


「さて譲治。目覚めて早々にだが、仕事の話をしようじゃないか」


「仕事? 仕事といっても俺は……」


「じゃあこう言ったほうがいいな。お前さん、奴らに復讐をしてみないか? オレは言ってみりゃ復讐支援業者みたいなもんなんだ。手厚いサポートありありの万全な復讐を提供してやる。その代わり、オレはその復讐者たちからデータを貰ってんだ」


「データ? データってなんの?」


「ん~、治験って言えばわかりやすいかなぁ。新しい発明品をその復讐者に提供する。復讐の舞台となる世界で発明品を使った復讐が果たしてどんな結末になるのかを見るんだ。オレはそういったデータを集めている」


「俺を使って検証するってことですか」


「その通り。どうだ?」


 譲治はしばらく考える。

 復讐をしたいのは山々だが、この足で満足に行えるとは思えない。


 なにより、譲治はまず自らの無罪を勝ち取りたいのだ。

 ありもしない罪で重罪人となってしまったのだから。


「オーウ、さすがは日本の学生。冷静なとこは冷静だな。どうせ無罪を勝ち取りたいって思ってんだろうが。残念ながらその夢は叶わない」


「どういうことです?」


「譲治ィ……刑事裁判による冤罪で、無罪を獲得するのにどれくらい時間と費用がかかると思ってんだ? この異世界においても同じだぜ。ましてや絶対王政の時代で無実の罪を払拭させるなんざまず有り得ない。……お前さんの名前は重罪人としてこの世界に刻まれた。そして、『畑中譲治は無実だった』と証明されるのは遥か先なんだよ」


「遥か先って……?」


「────289年と65日後ってところだな。お前さんの無実が証明されるのは」


 想像を絶する歳月に譲治は絶句した。

 あの砦から追放された以上、もう元の世界には帰れないだろう。

 

 それまでずっと謂れもない重罪を背負うことになると思うと、めまいがする。

 譲治は再びどん底に突き落とされた気分になった。


「異世界も地球も変わらんな。世界は『報復』と『慟哭』に満ちている。……だからこそオレを必要とする奴はゴマンといる。オレはその坩堝でもがく人間を見て愉しむクズだが、『面白い』と判断すれば徹底的に力を貸す。……多分、賢いお前さんのことだから、"魔女の力で今すぐにでも地球に帰らせることはできるか"って一瞬でも考えただろうが無駄なことだ。……興醒めにもほどがあるからな。そういうのは却下だ」


 譲治は心の中を読まれて、少し気味の悪い心地になる。

 今目の前にいるのは邪悪な魔女であり、ランプの魔人や優しい女神様などではない。

 

 復讐のための力はくれてやるが、自分が面白いと感じることが最優先事項なのだ。

 恐らくだが、左足も治す気はないだろう。


「さて、どうする譲治ィ? それでも日本人らしく平和的な解決を望むか? 言っとくけどそんなもんカスだ。あらゆる訴え、上告は棄却され続ける。その日がくるまでな」


「ふぅ……力をくださいアルマンドさん。俺に、アイツらに一矢報いるための力を」


「素晴らしい判断だ朋(とも)よ。復讐相手のリストアップはすでにしておいたぜ。あとで一緒に見ようじゃないか。……さて、もうちょっと休んでろ。新しい発明の最終段階でちょいと時間がかかってんだ。食事はまた届けてやる。せいぜいオレを楽しませてくれよ譲治」


 そう言ってアルマンドは部屋を出た。

 仄かに残る彼女の良い香りに、譲治はどこか心が安らいだように思えた。


 深呼吸をして再びベッドに寝そべる。

 もう一度瞼を閉じて眠るのだ。


 目覚めたとき、あの哀れな畑中譲治は死に、復讐者としての新たな自分に生まれ変わる。

 

 出鱈目な裁判を行った王国側、信じてくれなかったクラスメイトたち、そして復讐相手にリストアップされているだろう譲治を貶めた犯人たち。


 真っ先に脳裏に浮かぶのはかつての親友イズミの姿だ。

 一番の信頼を寄せていた相手だけに、その憎悪を計り知れない。


(待ってろよ。このままでは終わらせはしないからなッ!! ……俺が戻るまで、せいぜい異世界ライフを楽しんでやがれ)

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