第9話 被告その①:魔術師ジュンヤ 

 林の奥にある古小屋の中に、ジュンヤは潜んでいた。

 恨み事を吐きながらまずいパンをかじり、これからどうするか悩んでいる最中だ。


 かつては羽振りも良く、美味い料理に舌鼓を打ち、自分に優しくしてくれる美女や美少女たちに囲まれて、まさに人生の絶頂期とも言える思いをしていたのだが……。


「クソ、クソ……なんでこんなことになったんだ。俺がなにしたっていうんだよぉ」


 ある日、真実を暴かれたことにより砦に居づらくなり5人とともに逃亡。

 しかし逃亡の途中で5人は仲違いを起こし、バラバラになる。


 クミコもカタギリも各々別の道を歩み、イズミとナナはふたりで行方をくらました。

 ジュンヤもまた自分の力で生きていこうとしたが、状況はかなり難しくなっている。


 転移してきた人間は世界中で有名になっており、下手に動けば足がつく。

 ましてや譲治を貶めた人間ともなれば、譲治の身の潔白を明かしたが黙っているはずがない。


「アイツの情報網は凄いからなぁ。もしも俺の居場所がバレたら……なにをされるか……ッ! レベルだって俺よりずっと強いのに……勝てるわけない」


 ジュンヤは酷く怯えて縮こまる。

 今の自分の惨めさに涙が零れそうだった。


 鬱々とした気分の中、魔力による生体反応を探知する。

 追手かと思ったが、あまりにも動きが遅いので一瞬動物かなにかかと思ったが、真っ直ぐ古小屋へ向かってくるのを感じ取った。


 不審に思い注意深く外へと出てみると、片足の男がジュンヤのほうへ来るのがわかる。

 こんな人気のない場所に片足の男が来たことで、一瞬気が抜けるジュンヤ。


「なんだ。誰だお前は! ここは俺の場所だぞ! 帰れ帰れ!」


「……酷い言いようだなジュンヤ。折角ここまで歩いてきたのに門前払いか? 少しは労わってくれよ。お前らのせいでこのザマなんだからな」


 面頬からくぐもった声を響かせながらジュンヤの名を呼ぶ。

 格好は違えど、背丈や聞き覚えのある声で、この男を畑中譲治と理解するまでにそう時間はかからなかった。


「な! お、お前……畑中か?」


「正解。あれ、お前のマイホームか? 随分と質素だな。もっと豪邸に住んでるかと思ったよ。……あぁ、金がないんだったなそういや。あのクソ判事に賄賂を渡したせいでほぼ素寒貧なんだって? お小遣いはキチンと考えて使えって親に言われなかったか?」


 ケラケラと笑う譲治、しかし次の一手への行動は実に素早い。 

 ジュンヤが魔力を溜めて攻撃をしかける前に、杖で地面を鳴らし聖霊兵をふたり召喚し、刃を首元に突き立て動けなくさせる。


 白い鎧をまとったような女性型自動人形の姿で顕現した聖霊兵は、槍の穂先をジュンヤに向けながら次の命令を待っていた。


「な、なんだこれは? ……【レベル250】!? 嘘だろ。お前のレベルは……に、25だと? たったそのレベルでこんな存在を呼び出せるなんて有り得ない! どこでそんな力を……」


「俺がどこでこの力を手に入れたのか。なぜこんな力を持つようになったのか……。そんなことはすこぶるどうでもいい。お前に見せびらかしたくて来たわけじゃないんだよ。わかるな? 俺がお前を探してきた理由」


 まるでガンマンの早撃ちのように先手を打たれ動けなくなったジュンヤの眼前まで歩み寄り、顔を近づけて睨みつける譲治。

 凄まじい憎悪を宿した眼光にジュンヤはすっかり及び腰になり、ついには言い訳を始めた。


「ま、待て。待ってくれ。お前は勘違いしてる。お前を貶めようって考えたのは俺じゃない。最初にそのアイデアを出したのは……」


「────イズミだろう? 知ってる。ほかにはナナ、カタギリ、クミコ、そしてお前。なにが発端で俺を貶めたのかも全部わかってる」


「お、俺は別にお前を貶めようなんて初めから考えてなかった! 本当だ! ただ、皆に脅されたんだ。5人の中じゃ俺はレベルは低いほうで、ほかの奴に言うことを聞かされただけだったんだ! 悪かった……俺が悪かった! だから許してくれよ譲治ィ~。俺たち、クラスメイトだろ? 同じ仲間じゃないか」


 必死に言い訳をするジュンヤを黙って睨みつける譲治の姿に、ジュンヤは焦りを見せ始める。

 ついには発言の内容まで右往左往し始め、聞くに堪えないものになっていった。


 譲治は溜め息交じりにジュンヤの話を切ることに。


「なぁジュンヤ。お前、『ごめんですむなら警察はいらない』って言葉知ってるよな。どんなに謝ってもテメーを許さないってことで使われることが多いが、お前はどう思う?」


「え、あ……」


「こんなことを言う奴は自分勝手で器の小さい人間と思うか? いやいやいや。俺、発見したんだ。人間ってヤツは教科書とかから知識をモノにしていくんじゃなくて、心と身体で実感して初めて言葉を覚えられる生き物なんじゃないかって。……今ならわかるよこの言葉の意味が」


 普段の譲治なら話さないだろう言葉の羅列に、ジュンヤは冷や汗をかきながら息を吞む。

 譲治がなにを言おうとしているのか、理解しようにもジュンヤの心が受けつけなかった。


「この言葉を生み出した人って、ガチでそいつのこと許せなかったんだろうなって。殺したくなるくらい、その過ちを許せなくて。謝罪なんてこれっぽっちも意味をなさなくて。……あ、勘違いするなよ? 俺は別に謝罪の価値を否定するわけじゃない。謝罪は大事だぞ。耳障りな言い訳ばっかりだったが、一応お前の謝罪の価値は認めてやってる」


「だ、だったら」


「問題はそこじゃないんだ。謝ったからオッケーってそんなうまい話はない。お前にとっては謝罪はきっとゴールなんだろうが、俺にとってはまだ"通過点"でしかないんだよわかるかジュンヤ。謝罪だけで終わるほど、俺たちの"関係"は温くないだろ?」


 この言葉のあと、自分の身に自分が思っている以上の惨劇が起こることを予感したジュンヤ。

 左足がない状態でも、目の前のかつてのクラスメイトは復讐を成すだけの力を十分に持っている。


 そして、それに太刀打ちできないものわかってしまったジュンヤの中に渦巻くのは途轍もない絶望感。

 その感覚が黒く脳みそを刺激していき、ジュンヤの口から呪詛ことばを吐かせる。


「お、お前になにがわかる……」


「……」


「いつもいつも誰にも認めてもらえなくて、ずっと見下されてきた俺の気持ちが、お前なんかにわかってたまるか! この世界へ来て、ようやく俺に居場所ができた。やることなすこと空回り、良かれと思ってやったことも全部裏目に出て、誰からも白い目で見られる。……そんな俺が、"真の実力者"のひとりとして認めてくれたのがこの世界だ! ここはレベルやステータスの数値さえ高けりゃ評価してくれる素敵な場所だ! この世界の人間は皆俺を認めてくれる。俺をひとりの人間として扱ってくれる!」


「急になに言いだしやがる」


「うるさい! 俺はこの世界へ来たときから、ここに住むって決めたんだ! ここなら俺は本当の幸せを掴める。ここは俺にとって本当の場所なんだ! それを……それをなんでお前みたいな低レベルに壊されなくちゃいけないんだ? おかしいじゃねぇか! お前なんか大して能力もなくて、戦うことすらできない役立たずなのに……ちょっと治療係で頑張ってるからって皆に頼りにされてチヤホヤされやがって。役立たずだったときの俺がどんなに頑張ってもそうはならないのに、お前はなぜか当然のようにそうなる。こんな不公平なことがあるか! ……お前が法廷で叫びまくるのを見てるとき、正直笑い堪えるの必死だったよ。"ザマァみやがれ"ってなぁ!」


 髪の毛を振り乱し、呼吸を荒げながら叫び散らしたジュンヤ。

 譲治は怒りと呆れを通り越して、一種の虚無感を味わっていた。


 貶める以上なにか崇高な目的を秘めているのかと思ったが、ジュンヤの動機はあまりにも矮小で身勝手なものであった。

 刑事ドラマなどでもこういった犯人の自白を目にしたことはあるが、実際に目の当たりにすると吐き気がする。


「────左足を」


「へ?」


 譲治のドスの利いた低い声が響いた直後、聖霊兵のひとりが鋭い刺突でジュンヤの左足を切断する。

 あまりの速さに反応できず、気づいたときには断面から血を噴き出しながら地面に倒れていたジュンヤは、恐怖と激痛のあまり絶叫した。


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ! あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!?」


「痛いか? 怖いか? 俺はあのとき、そのふたつを同時に味わった。……さて、ジュンヤ。これで終わりじゃないぞ? むしろこれからだ」


 痛みに悶え苦しむジュンヤによく見せるようにして譲治はあるものを取り出す。


「これ、なんだかわかるか? そう、コインだ。だが、ただのコインじゃない。お前の末路を決める裁定のコインだ」


 初のコイントス。

 譲治はすでに死の内容を決めていた。

 それは……。

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