第2話麒麟山へ

日本のほぼ真ん中に存在する中部州、その中心にナガノには日本アルプスと呼ばれる3つの山脈が存在している。その山脈の1つ北アルプスの大望峠に麒麟山という山があり、その山に十二神社という神社がある。そこは小学生の頃のヒラク達が遠足で訪れた場所であり、今ヒラクが一人で向かっている場所でもある。



 トウキョウを出てナガノに向かった。ヒラクは学生なので特別な許可が無い場合は、電車やバスなどの旧公共交通機関を利用しなくてはならない。電車とバスを駆使して2時間半の移動の後、ヒラクは麒麟山の目の前に立っていた。


「懐かしいな……」


 ヒラクは少し戸惑っていた。今日まで一瞬も思い出すことが無かったこの場所での記憶がトウキョウを離れ始めて少ししたあたりから徐々に思い出せるようになっていた。しかも、麒麟山を目の前にした頃には全てと言えるほど鮮明に思い出すことができていた。写真を見れば取り戻した記憶と同じように靄が晴れ全員の顔が見えるようになっていた。


「なんだこれ? 訳わからん……」


 ヒラクは奇妙な感覚を覚えてた。しかし、今となっては思い出せていなかった先ほどの自分の方に違和感があった、むしろ今の状態こそが自分の本来あるべき姿なのではと思えてしまい、恐怖よりも高揚感の方が強かった。高まった高揚感に追従するように足の速度も上がりズンズンと舗装された山道を進むと、山から風の音や鳥の鳴き声が聞こえてきた。



 今の季節は夏に突入したばかりと言った強い日差しの多い季節で、トウキョウでは一瞬でも外に居たくないほど暑くとも、ここなら木に遮られた日差しが山の隙間を這うように流れる風と一緒に運ばれてくる陽気でどこか優しげな感覚すら覚えるほど心安らぐ環境になっていた。


 山の近くのコンビニで購入した飲み物を飲みながら休憩を挟みつつ山頂を目指していると、山道が2つに分かれていた。どちらもしっかりと舗装されていたが、どちらが山頂に向いているのかは分からなかった。ここまでくるのに30分もかからなかったので、間違えたのなら帰って来ればいいと考えなんの気無しに拾った細い棒を倒して行く先を決めることにした。



 棒の結果は左向きであった。左側の山道を進むことにしたヒラクは万が一にも道に迷わないように棒をその場に置いて先に進んでいった。その後の道は一本道で帰りに道を迷うことはないだろうと考えながら先に進むと切り立った崖に大きい洞穴が見えた。


 あれ?この山にこんな大きな洞穴なんかあったか?と言うか分かれ道すらあった記憶が無いんだが?


 洞穴を見て一瞬で自分の記憶にないものだと思いながらも近づいてみる。その洞穴は明らかに人の手で加工されており、綺麗に繰り抜かれて壁には灯りまであった。


 誰かが作ったのだろうか?この先には一体何があるのだろう?


 山に来てからここ数ヶ月感じていた原因不明の違和感を今は感じない。そのため歯止めが利かなくないほど気分が高まってしまっているヒラクは洞穴の先が気になってしまい、特に何も考えず奥に進んでいった。先に進んでいくと扉があり、他の通路は見当たらなかった。



 明かりがあるとは言え薄暗い道の先に扉があるというのは想像以上に圧迫感があり、先程までの気楽さを吹き飛ばしてしまうほどでした。これがただの行き止まりなら単に落胆しただけだったと思うが、先には何かがあると思える扉それを開けるという行為に先の気になる期待とわからない恐怖が入り混じっている感覚に耐えきれずヒラクは勢いよく扉を開いた。


 扉の先には小さな部屋があり、誰かが生活していたかのような生活感溢れる部屋があった。しかしその部屋に個性は無くただのベッドと一人用の木の机と椅子があり、文明的なものは冷蔵庫と電子レンジだけだった。逆に電子レンジや冷蔵庫が生活感を感じさせ人が生活するための場所だと感じることが出来た。



 その机には一冊の本が置いてあった。他に気になるものも見当たらなかったので、机に座り本を手に取った。手に取ったと同時に、ヒラクの前にボードが出現しそこには


 ――「導きの書」をプレイヤーネームヒラクが入手しました。と書いてあった。


 ただの日記かと思ったら、アイテムだったのか。



 アイテムとは、システムが世界の中心の世界でシステムが有能だと認めた物のことで、基本取引は行われないほど珍しいもので、システムが何らかの条件で持ち主を選定すると言われている。うわさで聞いた話では、母親の形見のバックを自分の娘に渡したらアイテムとして自分の娘の所持物になったことがあるらしい。


 そんなアイテムを誰かが放置していた? それとも前の持ち主は所持者に認められなくて、俺が認められただけなのかもしれないな。導きの書ってなんだ? 予言の書みたいなものなのだろうか。


 アイテムがこんな場所においてあることを不審に思いながらも、ヒラクはその本を開いてみた。



 「所持者登録開始……プレイヤー名ヒラク、年齢15歳、到達ランクF、バトル経験0、算出可能な方向性を発見できません。 所持者ヒラクに問いかけます。あなたはこの世界をどうしたいですか? あなたはこの世界でどうなりたいですか?」


 本からいきなり機械の合成音声のようなとても透き通ったきれいな声で質問してきた。


 アイテムが喋った! そんな話は聞いたことがないぞ! アイテムには特殊な能力が付くことがあると聞くが、そんなに多機能だとは聞いたことがない。


 「……返答を求めます。正直に申し上げるなら、私は少々落胆しております。私のような超優秀な指導者を手に入れるのが、システムやバトルから逃げているようなプレイヤーだったとは残念でなりません。」


 急に話しだしたかと思えば、次は毒を吐いてきた。


 「まあ、そんな将来もなさそうなプレイヤーなら、優秀なプレイヤーがすぐに私の有用性に気が付いてバトルでの入手を願うでしょう。どうせ短い間の付き合いでしょうね」


 「……ん? まって? バトル経験が0? バトルを所持者はしていない? どうして? あのシステムは確実に人を引き寄せる仕組みいなっているはず……」


 罵倒し続けているかと思えば、急に黙って考え事を始めてしまった。


 正直な話、俺はシステムからしたら劣等生と言えるだろう。システムが推奨しているバトルを今まで一度もやったことがなく、それどころかバトルを学ぶ学校にすら初日以降一度も行っていないのだから。



 「プレイヤー名ヒラク改めて言います。私に尋ねたいことはありますか?」


 急に最初の時のような冷静になったと思ったらいきなり、質問しろと言ってきた。先ほどまでのことは無かった事にするようだ。俺は今のやり取りや自分のここ最近の違和感などを含めた全ての解を得るため本に質問した。


 「システムとは何か教えてくれ」


 「所持者のランクでは解答できません。……しかし、解答の一部を伏せてならば情報の開示が可能です。」


 何でも答えるような雰囲気から無理と言ってきた。ただ、すべてを知ることは出来ないようだが一部なら教えてくれるようだ。


 「情報を正確に伝えるために文字と映像を合わせてお伝えします。」


 そう言って、本が教えてくれた内容は想像以上のもので、今までの違和感の1つの解でもあった。

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