第34話 笑う傍観者


「おや、ようやく動きましたね」


 カイが見つめるその先で、変化の乏しかった風景に転機が訪れていた。刈り残されたままだった羊毛のドームがぼこぼこと陥没を生じさせ始め、みるみる萎んでいく。


「これは彼女がケモノを制した、と言うことでしょうか」


「急くな。まだ終わってはおらん」


 銀猫も、目の前の光景に注視を続ける。


 ドームがぐずぐずと抉れていき、ついに大きく崩れ落ちた。中からふらりと、碧い蛍光を纏った少女が立ち上がる。輝度の高いツインテールが大きく揺らぎ、戒はサングラス越しにもかかわらず眩しさに目を眇めた。


 少女がナイフを持つ手をぐるりと巡らせ、周辺に取り残された羊毛をすべて消し去る。照明の消えた体育館は広いばかりの殺風景な空間を取り戻していた。その中央にひとり、煌々と光を放つ少女が立ち、足下には痩せた男が震えながら蹲る姿が見える。さらにその男が覆い被さって、下には黒いドレス姿の少年が横たわっていた。


「おや、あれは」

 思わず戒は声を上げる。


「フン、喰われ損なったか。しぶといな小僧」

 ヒヒッ、短く銀猫が笑った。


「しかし、あれほど頼りなく見えた少女が、贄華喰らいのケモノを追い詰めて見せるだなんて」


 戒にはまだ、この状況が信じがたい。


「贄華喰らいだからこそ、だろうよ。贄華が狩主の刃を手にするなど、規格外が過ぎる。反則も良いところじゃ。しかもあの鈍くさい小娘、どう見てもずぶの素人に違いは無いが……あれで動きに迷いがない」


「迷い、ですか」


「うむ。小僧なんぞよりよっぽどな。面白いのう。何を思うて、こんな響峯紛いの面倒ごとに手を染めているのやら」


 少女の発する蛍光を受けとめ、銀猫は炯々と瞳孔を底光りさせている。溢れ出す好奇心を隠そうともしない。


「さあ、ここからよ。何を見せてくれる?」


 ヒヒ、ヒヒヒッ。猫の零した笑いが、低く床に漂いだした。

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