第21話 暗い箱の中2


「なあ、君こそ何だってこんな時間に、あんな人気の無い公園で一人きりでいたのだ。危険すぎる。自分からケモノに食べられようとしているようなものだ」


「それは、その……友達と待ち合わせをしていたから」


 何となくそう弁明していた。たぶん、嘘にはならないだろう。ただし、あの黒猫のことを友達と呼べるのならば、だ。実際のところ、黒猫と深紅シンクとの関係はもっとフクザツで面倒くさい何物かになっているのだけれど。


 返答を聞いた白アフロは暫し沈黙し、戸惑うようにコメントした。

「それは、何というか……あまり感心しないのだ。年頃のが……」


「え……えぇ?」


 言われて気付く。深夜、人気の無い場所で待ち合わせなんて、まるで秘密のデートではないか。誤解されても仕方ないシチュエーションだ。


 さっき、繁みの中で行われていた燐との行為が脳裏に蘇る。

 たちまち耳まで熱くなり、慌てて否定する。


「あの、違うんです、そうじゃなくて」

 あわあわと、意味も無く手を振り回してしまう。

「あのその、……猫です。友達って、猫のことなんですよっ。この公園によくいる黒い猫が可愛いなーなんて思っていて、仲良くなりたくて何か美味しいものでもあげようかなーなんて、はは、あははは……」


 可愛い黒猫?仲良くなりたい?


 どれだけ焦っているのだろう。取り繕うにしても一体何を口走っているのか。


 美味しいものって何のこと?食べさせたのが黒猫の方、食べさせられたのが深紅の方だったのに。


 ああもう、言っていることがメチャクチャだ。


 早口でまくし立てる深紅の勢いに、白アフロはたじろいでいる。

「う、うむ。そうなのか。それなら良いのだが」


 抱えた膝にほてった頬を押しつけて、深紅は俯く。


 燐のせいだ。全部燐が悪い。

 おかしなことばかりしてくるし、おかしなことばかりさせるから。

 こんなところでまで意味も無く、ドキドキ動揺させられている。


 いい加減にしてよ。

 もう待ってなんていられなくなるんだから。


 深紅は深呼吸して、どうにか動悸を落ち着かせた。


 そのとき、遠くエントランスの方からその音は聞こえてきた。

 扉が開き、閉じる音。続いて通路に響く硬質な足音。


 深紅は顔を上げる。

「あれは?」


 何者かが、この体育館に侵入してきたようだ。


「おや、管理人が帰ってきたのかな」

 白アフロの口調には、やはり緊迫感が無い。


「待ってください。あの人だったら、車椅子のはずです。足音はしません」

 声を落とし、深紅は囁く。


「管理人に呼ばれた警察か、警備会社の人かもしれないのだ」


「あり得ますけど、それこそあのサングラスの人が応対して一緒に行動するはずでは。どう聞いても一人しかいないようです」


「まさか……ケモノなのか」

 白アフロも声量を絞る。


「あの人、実際に通報していたのでしょうか」


「しぃっ。今は君を危険に晒すわけにいかないのだ。ここは隠れてやり過ごそう」


 足音は館内を探るように移動と停止を繰り返し、次第に接近してくる。

 深紅と白アフロはそれぞれ物陰に移動した。


 やがて足音が用具倉庫の前にやってくる。重い金属製の引き戸が、ゆっくり開かれた。何者かが、中を窺っている気配がする。

 深紅は息を止め、じっと身を潜める。


「……フン」

 若い、むしろ幼いくらいの声が息をついた。

 そのまま律儀に扉を閉め、足音は遠ざかっていく。


「ふう。どうにか、見つからないで済んだのだ」

 足音が充分に遠ざかったのを待って、白アフロが姿を現した。


「あれがケモノ……本当に子供のようなのですね」


「外見で侮ってはいけない。ああ見えて、あいつはは凶暴なのだ。しかし鍵がかけられていたはずなのに、どうやって入り込んだのだろう」


 深紅はずっと抱えていた疑念を口にした。

「あのサングラスの人、本当にここの管理人なんでしょうか」


「鍵を持っていたではないか。それに彼が我々を騙す理由などないだろう」


 深紅はニット帽の額を押さえると、目深にずり下ろした。

「どうでしょうか……もしその理由があるのだとしたら。もしかすると、ケモノと私たち二人をわざとこの体育館に閉じ込めたのかもしれない。むしろそのためにここの鍵を入手しておいたのだとしたら」


 呆気にとられた顔をして、白アフロは動揺を見せ始めた。


「待ってくれ。まるでそれでは、俺たちをケモノの餌として与えようとしていたみたいではないか。まさか、はじめからそれが狙いだったのだと……。信じられないのだ。そんな恐ろしいことを、あの人の良さそうな青年が企んでいただなんて」


「外見で侮るべきではない、のでしょう。人もケモノも。現にケモノがこの建物の内側に居るのですから。この状況を作れるのは、鍵を持っているあの人です」


「莫迦な……俺はまた、裏切られたのか……」

 呻きと落胆の声を絞り出して、男はアフロヘアをガシガシとかき混ぜだした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る