『明日、午前の9時に学校の前で集合でいい?』


夜、波留奈からのメールがあった。


『了解』


カエルがオッケーサインをしているスタンプをセットで送信する。


波留奈とは中学校で知り合った仲のいい友達だ。友達の少なかった僕にひたすら話しかけてくれた彼女のおかげで、友達もできて、楽しい学校生活を送れた。彼女がいなかったら今頃どうなっていたんだろう。


そう思えど、古民家カフェの店主になっている未来に変わりはないんだろうと思う。だけど、昔のいい思い出が暗いか明るいかの違いだけだ。


明るいほうが暗くて見えない場所も見えるから、なにかと可能性に溢れている、と思う。



翌日。



「待ち合わせの十分前なのにもう来たの? 早いね悠くん」


「今日は早く起きてね。そんな波留奈こそ早いじゃん。いつからいたの?」


「別にー、今来たところだしー。そんな待ってないよ」


「そう。じゃあ早く行こう。運動場だけなら見てもいいでしょ」


「……、行くよ!」


「ちょ、そんな強く引っ張るなって」


「久々の中学校にテンション上がってるの!」


階段を上がりすぐ目の前に広がったのは、何の変化もない、あの頃と同じ運動場だった。


奥には高い鉄棒、プール場、部活動部屋、そしてテニス場。昔と変わらないあまりに、懐かしさとあの頃に戻った感覚に、昨日までここに通っていたんだ、と一瞬思ってしまった。


「懐かしいねえ、変わらないねえ」


波留奈は朝礼台に腰かけ、運動場全体を眺める。そして奥に見える鉄棒を指さすと


「あの鉄棒! 体育の授業始まる前にさあれで懸垂やったよねー」


「やったやった。グラウンド二周してから懸垂十回」


「男子そんなやってたんだ。女子は一周で懸垂三回だった」


「は、少なー。三回って、やらないのも同然だろ」


「女子の三回なめるなよ??」


その後も体育の話で盛り上がり、気づいたら体育祭の話に移り変わっていた。


「悠くんさあ、リレーの時にこけたよねー。あれ面白くて、心配どころじゃなかったなー」


波留奈はけらけらと笑う。


「あれ何が起こったんだっけ」


「あれは。その、振ってた腕と足のタイミングが合わなくて、右足と右腕が同時に出た瞬間に、体もってかれて、それで、転んだ」


「そうそう! 躓いたわけでもないのに大胆に転んで、ほんと、転んだ瞬間何が起きたかわからなかったよ」


「俺のせいで最下位だったもんなあ」


「でも誰も悠くんのことせめてなかったし、せめるわけもないし、面白かったし」


波留奈はくすっと笑う。


「いつまで笑うんだー」


「ごめんごめん、ついね。時間が経つと面白いエピソードがもっと面白く感じるよ」


「そうかもね」


「いやあ、何時間でもここで昔話出来る気がする」


「そうだね。無限に話し込めるなあ」


波留奈は朝礼台から降り、テニスコートの方へ歩く。


「あの頃はなんか、無邪気になれたよね」


「そうだなー。今思えば、俺があんなに楽しい学校生活送れたのって、波留奈のおかげだったんだなーって」


「急にどうしたのさ。なんか照れるじゃん」


「本当の事だよ。あの日、波留奈が俺に話しかけてこなかったら、今もこうして中学の同級生と学校に来てないし、多分友達もできてなかったと思う。だから、感謝してる」


「あ、ありがとう。あの頃さ悠くんはさ、私のこと、どう思ってたの?」


「どうって……」


「あなたたち、そこで何やってるんですか?」


突然奥の方から声をかけられる。そこにいたのは作業服を着たおじいさんだった。


まずい、関係者にバレた。


関係者以外立ち入り禁止のはずなので、部外者がここにいたら怪しまれるに違いない。ここは慎重にこの場を乗り切ろう。


「私たち、ここの卒業生で、今日は久しぶりに来てみたかったので来ました」


おいいい、波留奈何言ってるんだよー!


「あー、いや、その……」


だめだ、完全につまみ出される。はやく謝ってここから出よう。


「そうでしたか」


次言ったおじいさんの言葉は、以外な言葉だった。


「私は今ここの校長をしている田端、と申します。卒業生でしたか。実は私もここの卒業生でしてね」


「え、校長先生だったんですか。にしても、卒業生だからって、ここにいてもいいわけでは……」


「本来ならばダメですが、そちらのお嬢さん、モデルの波留奈さんですよね。話は聞いています。なんとまあ、ここの中学出身のモデルが東京で頑張ってるとか」


「ありがとうございます。まだまだですけど、知ってくれているだけでうれしいです」


どうやら波留奈はそこそこ有名人らしい。まあ地元の人が都会で活躍しているとなると応援したくなる気持ちもわかる。


「今年は熱いですねえ。よろしければ校長室にお招きしたいんですが、どうでしょう?」


「お言葉に甘えて。いいよね、悠くん」


「もちろん」





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