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古民家を完全に引き継いだのは、僕が眼鏡屋のバイトを辞めてから一年後のことだった。おばあちゃんの古民家カフェには思った2、3倍難しく、客の数も意外と多く、その訳は、毎週金曜日と土曜日は営業時間を延ばし、夜はアルコールを提供しているだとか。流石にそのことまで把握していなったが、おばあちゃんの慣れた手つきのサポートのおかげで、なんとかやり過ごせていた。
おばあちゃんの作業スピードはプロ業だ。老いても記憶力は低下していなくて、数人の注文をメモすることなく覚え、間違いなく提供することができるのはおばあちゃんだけができる能力だろう。そんなおばあちゃんだが、ここ最近、腰に手を当ててため息をつく姿をよく見る。
いつからだろう。おばあちゃんの身長を越したのは。気が付けば身長は僕の方が高くて、頼りにしていた存在はいつの間にかいなくなっている。一生懸命に仕事をしているおばあちゃんの背中を見ると、懐かしい記憶が蘇る一方、あとどれぐらいの間一緒にいられるか考えてしまう。
仕事に苦戦する僕にアドバイスをくれるおばあちゃんは、昔のおばあちゃんみたいで、少し頼りになる存在に見えた。
そんなおばあちゃんが急に体調を崩し、入院したのは古民家カフェで働いてから約一年の事だった。命に別状はないものの、これ以上の過度な仕事はやめたほうがいい、そう医師に言われ、見舞いに来た常連客は悲しんで、そしておばあちゃんは僕にこう言った。
「教えることは全部教えたよ。あとは任せたよ、悠」
重大な責任感に押しつぶされそうだった。みんなから愛される古民家カフェだ。おばあちゃんがいるから常連さんや知らない客人だって一息つけるような場所になっている。それを、僕一人でやっていくとなると、上手にこなせるだろうか。
そんな不安な顔が出ていたらしい。おばあちゃんは僕の顔を見るとこういった。
「あんたの頑張りはみんな知ってるよ。常連さんの山口さん、加藤さん、野村さん、そして竹林さん。みんなあんたのこと頑張ってるって言ってくれてるよ。あんたはただの古民家カフェで働く一般人じゃない。あんたは私の孫だ。上手にできなくていい。ただ、あんたが一生懸命働いたその場所が、あんたの古民家カフェになって、みんなの古民家カフェになるんだから。あんたならやれるよ」
そして僕一人で働くことになった。予想していた通り、緊張のせいか、ありえないミスが出ることもあり、コーヒーの味が違うと指摘されることもあった。しかし、そんなことを言いながらも、前から常連だった数人は変わらず常連でいてくれて
、そのおかげでなんとか心の支えがとれて、気づけば半年が経ち、気づけば僕の古民家カフェと呼べるようなところまで来ていた。
古民家カフェで働いて一年半。僕はここまでくることができた。自分の力で常連さんと呼べるような人も作れるようになった。でも、まだまだだ。おばあちゃんの百聞の一にも満たない。もっと努力しなければ。
その日は雨だった。梅雨明け一発目の雨だった。雨の日は気持ち客の数が少ないように感じる。午前中は二人しか来ず、時刻は気づけば午後の一時になっていた。
「雨の日はいいことがないなあ」
なんて言って、自分で淹れたコーヒーを飲んで外の景色をぼんやりと眺めていた。すると、外に一人の女性が入り口の方へ歩く姿が見えた。
やっとのお客さんだ。
エプロンの紐を結びなおし、コーヒーの残りを飲み干し、カウンターに戻った時、コロンコロンと優しい入店時の鈴が鳴った。
「いらっしゃいませ。お好きな席でお待ちください」
お冷を用意しようと冷蔵庫水の入った容器を取り出し、コップに注いでいると
「ゆう……くん?」
思わず顔を上げる。そこにいたのはブラウンのカットソーにチェックスカートを着こなした華麗な女性だった。
誰だ。
見たことあるような……。
「――あ、すみません、人違いでし……」
「はるな?」
「え?」
「あ。いえ、その、勘違いでs……」
「やっぱ悠君だ! そうだよ、私は波留奈! 覚えててくれてたんだあ、よかったあ。てっきり忘れられてたと思ったよ」
「忘れてない、久々すぎて思い出せなかっただけだよ」
彼女は僕の中学の頃の同級生。三上波留奈。
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