悠はショッピングモールにある眼鏡屋でバイトを始めた。新しくできるという事もあって、新規従業員を募集していたのがきっかけだった。

眼鏡とは無縁の生活をしてきた悠だが、親しくしてくれる店長や社員、他の眼鏡に詳しいバイトの人の指導もあって、すぐに仕事に順応することができた。


「悠君は仕事が早くて助かるよお」

店に誰も客がいないとき、店長の鬼塚さんが話しかけた。客がいないときはレジに二人で並んでいるのがこの店のルールらしい。

「いえいえ。皆さんの教え方が分かりやすいからですよ」

「それはわかってるけどさあ。ははあ」

鬼塚さんのマイペースな口調が、この眼鏡屋が落ち着いている雰囲気を作っているのだろう。そのおかげで、足を止めてみてくれる人もいるし、売上もいいほうだ。

「悠くんの才能だよね、どこでも馴染めるのって。人とすぐ馴染めるのもそうだし、悠君は手先が器用だよねえ、加工の仕方教えたら、一カ月もしないうちに出来ちゃうしさ」

鬼塚さんは褒めて人を伸ばすタイプの人なんだろう、そうバイトを始めて三日で感じた。鬼塚さんが他の人に怒っているところを見たことない。感じから見て、怒った時の雰囲気が嫌いなのだろう。

「悠君は、どうするつもりなの、今後」

急に真面目な話が来て驚く。

「面接のときにも話した通り、今は仕事を探していて、見つかればそこに就職するのが今のところ考えていることです」

「そうかー、まだ見つからないかあ」

「そうですね……。でもまさか正直ここでバイトできるなんて思いもしませんでした。簡単に言うと、仕事を見つけるまでここにいさせてくれって言っているようなもんですもんね」

「そうなるねえ。でも、それが悪いとは思わないら、今悠君はここでバイトをしているんだよ。なんなら悠君、このままバイトやめてもいいんだよ」

「え?」

「うちの社員になってくれたら、もっと嬉しいんだよね、こっちとしては。まあ、強制でもないし、悠くんがしたいことをしてくれるのが、僕の本望だからさ」

「……考えておきます」

「うむ。……お客さんが来ているみたいだね。眼鏡売っちゃいますか」

「接客してきます」

「頑張れ悠君」

鬼塚さんからもらったレンズなしの眼鏡をこのバイト中は装着している。この店で眼鏡をしていないのは悠君だけだ、との理由でくれたものだ。確かに、眼鏡屋で眼鏡をしていない人から、説明やら紹介をされても、と思う。


ここの眼鏡屋で社員になることは考えてはいたことだ。実際この店に愛着芯はあるし、気に入っている。そして店長からそういう話を持ち掛けられると、これでもいいのかなと思ってしまう。


本当に自分のしたいことはなんなのか。あの無邪気な頃に置いてきた大事なものを、今になって探している気がした。

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