水の願い


 あれあれ


 おかしいな……。

 確かに俺は、リズやみんなと一緒に飛び込んだはず。


 どこまでも広がる、黒い空と星の光の中に浮かぶ大きな海。

 その中に、みんなで飛び込んだはずだったのに。


 気がついたら辺りは真っ暗で、どこか遠くから、こぽこぽっていう泡の音と、クジラの鳴き声みたいな音が聞こえてきてた。


 なんだろう、ここ……。

 みんなは無事なのかな。


 心配だな寂しいな……。


 ……?


 なんだろう?

 今一瞬、俺が〝二人になった〟みたいな……。


 ううん、今はそんなことよりみんなを探さないと……!みんなどこにいったの……?


 っ……!?


 まただ。

 今度は気のせいじゃない。


 いる。


 俺のすぐそばに。

 何か、俺じゃない誰かがいる。


 これ……誰なんだろう?


 っていうか……もしかしたらもう俺の中にいるのもうぼくのなかにいるよ

 

 真っ暗な世界で、こぽこぽっていう泡の音を聞いて。

 耳を澄ませて、また声が聞こえないか待ってみる。


 それで分かってきた。

 ここは水の中だ。


 あの飛び込んだ先なのかは分からない。

 だけど、ここは間違いなく水の中。

 

 だって、今も水泳EXは発動してる。

 それどころか、どんどん力が増えてる。


 なら、これでみんなを探さなくちゃ。

 リズやラキや、他のみんなを――。



 ――何度も探して、何度も消える。

 俺はぼくは確かにいたはずのみんなを探して、星の世界を旅していく。

 

 ある時は星の世界だって越えて、また別の世界に。

 その世界だって飛び越えて、また別の世界に。


 ぼくは水。

 乾いて凍った世界に流れとうねりを起こす水。


 水のない世界に水を。

 冷えて固まった場所には流れを。

 乾いてひび割れた土には潤いを。


 そうしてぼくが歩くほど、新しいみんなが生まれる。

 新しい笑顔が見れる。

 ぼくはそれが楽しみで、色んな世界に水を降らせた。


 ぼくはみんなのことが大好き。


 独りぼっちは寂しいから。

 誰にも相手にされなくても。

 誰もぼくのことを知らなくても。


 それでも、みんなが生きている世界を見るのが好きなんだ。

 ケンカなんてしないで、楽しそうにしてくれていればもっといい。

 悲しい顔なんてしないで、笑ってくれていればもっとよかった。


 ぼくはそうやって旅をして。

 気の遠くなるような時間だって、それだけを考えて眠るんだ。


 だけど――。


 おかしいな。

 

 ぼくが水を降らせれば降らせるほど。

 ぼくが旅を続ければ続けるほど。


 もう数え切れない程のみんなを作った筈なのに。

 同じくらいのみんなが消えてる気がする。


 またみんなに会いたいなって思っても。

 前に見たあの子の笑顔を見たいなって思っても。


 ぼくがまたみんなに会いに行くと。

 みんなは消えて、水だけが残るんだ。


 見たかった笑顔も。

 会いたかったみんなも。

 ぜんぶ水の中に溶けていく。


 寂しいな……。

 どうしてぼくはこうなんだ。


 ただここにいるだけなのに。

 ただ、みんなに迷惑をかけないで、みんなと一緒にいたいだけなのに。


 ぼくみたいなのは何もしないで、一人で消えた方が良いのかなずっと寝ていた方が良いのかな――。

 

 でもどうしたらいいのか分からない。

 ぼくにはどうしたらいいか分からない。


 ぼくは……。

 どうしたら……。



〝誰がなんと言おうと、私にとって貴様はダメ人間などではないぞっ!〟



 うん……。

 ありがとう……リズ。

 

 わかってる。

 俺にはもうわかってる。


 だってもう数え切れないくらい、リズは俺にそう言ってくれたから。

 まだわからないって困ってるこの子に、どうしてあげればいいのか。


 リズやみんなが、何度も俺に教えてくれたから。



〝大好きだぞ、カノア――〟



 目を開く。

 真っ暗が終わる。


 とんでもない勢いの渦が俺達を飲み込んで、それでも俺はリズの手を。

 みんなのことを俺の力から放したりはしてなかった。

 

「どうしたのだカノア!? 今一瞬気が飛んでいたようだがっ!?」


「ごめん、もう大丈夫……! 全部わかったんだ。この子の気持ちも……俺がみんなから教えてもらったことも、全部――っ!」



 ――水泳EX――



 何もかも壊して拒んで、消し飛ばしてしまいそうな星も飲み込む水の流れ。

 目を覚ました俺はリズの手をもう一度ぎゅって握って、その渦を一本の水のトンネルみたいに整えて直す。そして――!


「今だリズっ! リズの機械をここで!」


「やるのだな!? ならば……私はカノアを信じるのみだ!」


 太陽の光も届かない。

 真っ暗だった水のトンネルが一斉に青く光る。


 数え切れないくらいの光の粒が、水の奥から俺達めがけて吹き付けてくる。


「君はダメなんかじゃない……! 今までだって、ずっと独りぼっちで頑張ってきたんだ……! だから……今度は俺が、それを君に教えてあげなくちゃ――っ!」


 渦を巻く水と光の道。

 俺とリズはその道の中を一直線に泳ぎながら、最後まで一緒だった――。


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