並び立つ海の神


 どこまでも続く青い景色。

 それはいつもだったら海とか空なんだけど、今は違う。


 丸くくり貫かれた水の通路。

 前に閉じ込められた海に開けた穴に入った俺達は、そんな不思議な景色の中を、リズや魔族の人達が作ってくれたドールの上に乗って進んでた。


『亜空間ソナーに反応! 間もなく次元回廊を抜けます! 皆さん、準備は宜しいですか!?』


「ああ! こっちはいつでもいける!」


「無論だ! クックック……! この先に未知の世界が広がっているのかと思うとワクワクしてくるのだっ!」


「私達〝冒険者ギルド連合軍〟も全員問題ないよ! この先にいるという〝海の神の眷属〟は、全て私達が相手をしよう!」


『ギャオオオオオオオン! ニャオオオオオオオン!』


『グルルルル! ワンワンッ! アオーーン!』


「ハーッハッハッハ! どうやらサメ猫とサメ犬もやる気満々のようだ! 我々魔族四天王も、死力を尽くしてお供させて貰うッ!」


「ギャハハハ! 久しぶりのバトルだ! テメェら、全員死ぬんじゃネェぞ!」


「海の神様に私のマインドジャックが効くといいのですけど……! でもでも、できる限り頑張ります……っ!」


「万が一危なくなったらすぐにこのハル・ヨルネットのところに来て下さい! 一瞬で元の世界に戻して差し上げますのでっ!」


 うん。


 リズと一緒にオルアクアの上から周りをぐるって見ると、そこには本当に沢山の皆が一緒に飛んでるのが見えた。


 リリーもハルさんも、アールリッツさんもいる。

 タナカさんやオディウムさん、ナインさんもいるし、その向こうにはヘドロメールお爺ちゃんのドールも見えた。


 俺が憧れてた冒険者のみんなも、雲の上の存在だったキラキラの勇者さん達も。

 他にも、色んな形のドールに乗った魔族の人達もいる。


 あと、危ないから来なくて良いよって言ったのについてきてくれた、サメ猫とサメ犬も……。


「ふふ……! なんとも心強いものだな。カノアよ、ここに集った皆の想い……決して無駄にするわけにはいかんぞっ!」


「頑張る」


 昨日の夜、リズと一緒に話したお陰で怖さは凄く楽になってた。

 それでもまだ緊張はしてたんだけど、そういう残ってた緊張も、皆が一緒だって思うとすっと消えていくような気がした。


 不思議だな……。


 今までこんなに沢山の人と一緒になにかしようってなったら、いつもガチガチになって失敗してばっかりだったのに。今は、とってもやる気が湧いてくる……。


「やるよ……俺も早く帰って、またリズと一緒に御飯食べたいし」


「うむっ! その時は二人で一緒にご馳走を作るのだ! 約束だぞ、カノア!」


「うん……!」


『――回廊、抜けます! ここからは作戦通りにっ!』


 オルアクアの上に乗った俺とリズは、うんうんって頷いて手を握る。

 でもその時、周りの景色が一気に開けて、青一色だった世界が黒……ううん、これは紺色かな……とにかくそういう色に染まったんだ。


「うわ、凄い雨だ」


「雨なのは別にいいけど、この雨はどこから降ってるんだ? 上を見ても雲なんて見えないぞ? ただ真っ暗なだけだ!」


「フフ……! よく見てご覧リリー。あれは〝空じゃない〟……! 今目の前に見えている黒い空間……これこそ、ハルさんが言っていた――!」


「〝海の神〟というわけだな……っ!」


 暗くてどんよりした、もの凄い雨が降る世界。

 ドールの周りに張られた目に見えないシールドに守られた俺達は、一斉に空を見上げた。


 そこはぱっと見、ただ黒っぽい空が広がってるだけに見えた。

 だけどよく見回すと、黒い影で区切られた端っこの方に、明るい輪郭があるのが見えたんだ。


『間違いありません……! 僕達の上空十万キロの地点に超巨大質量を確認! 目標、海の神ですっ!』


「っ……! パパ様のデータで知ってはいたが……やはりとんでもない化け物だな……!」


「こいつが……この世界を沈めて、ついでに私達の世界まで沈めようとしてる化け物ってことか……!」


「ま、マジで大きいんだけど……」


 それが俺達が今からなんとかしないといけない海の神だって気付いた時。

 心臓がドクンって跳ねて、ぶわって背中に汗が浮かぶのが分かった。


 ちょっとこれ……想像するのと実際見るのとじゃ、全然違うんだけど。


 だ、大丈夫かな……?

 本当に、俺なんかでやれるのかな……?


「大丈夫ですよカノアさん……! あのデカブツが海の神なら、カノアさんに宿る水泳EXだって〝同じ海の神〟なんです! 〝あの子〟は言ってました……水泳EXこそ、あのデカブツの持つ力を〝完全に模倣して〟再現した究極のスキルだと!」


『ホーッホッホ! 先代から伝え聞いておるぞカノアよ! あの十字型の怪物共は、我輩達の世界で見たお主を〝海の神と誤認していた〟とな! それはつまり、お主の持つ水泳EXは限りなくあの化け物と同質の力というわけなのじゃ!』


「そうだった。〝水泳EXも海の神〟なんだった……」


「その通りだカノアよ! そして見ろ! あの化け物は今も独りぼっちで空に浮いているが、お前は違う……! カノアにはこの大魔王にして恋人にして将来を誓い合った婚約者であるリズリセ・ウル・ティオーが!」


「無敵の聖女の私が!」


『僕達魔族だって!』


「私達勇者も!」


「そしてそして! あの子の意思を継いで頑張る冒険者ギルド受付兼女神のこの私までついてますっ!」


『ギャオオオオオオン! ゴロニャーーン!』

『グギョオオオオオン! ワンワンッ!』 


「みんな……っ」


「そうだ! 皆がお前と一緒にここまでやってきたのだ! 奴とカノアが同じ海の神であるならば、もはやこれで敗北することなどありえんッ!」


 目の前全部を覆い尽くす海の神。

 きっと、俺一人だったら怖くて何も出来ないまま押し潰されてたと思う。


 でも今は違う。

 今はそんなことない。


 俺は海の神なんかじゃないけれど……。

 それでも、俺の力がみんなの役に立てるなら――!



 ――水泳EX海の神――



 辺り一面、黒と灰色と深い青に包まれた世界。


 まだ水に入ってもいないのに。

 まるで俺の気持ちに寄り添うみたいにして水泳EXが発動する。


 視界が開ける。

 降り続く雨に沈んだ世界が淡く青く光って、俺達の行く先を照らした。


「行こうみんなっ! 俺……絶対に頑張るから!」


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