カノアの理由
「いやはや、今日は本当に助かりました。これであちら側の世界に通じるトンネルの確保は完了ですねっ!」
「すごい。本当に大きな穴が開くんだ」
「フフフ。魔族やモンスターと戦う必要がなくなったとしても、私達勇者は世界を守るために剣を振るう。世界を滅ぼす大災害なんて、まさにうってつけの相手じゃないかっ!」
どこまでも広がる青い海。
遠くには絵の具でベタって塗りつけたみたいな白い雲。
ハルさんを中心に船の上に集まった沢山の勇者さんや冒険者の皆。
そして俺は、目の前にドカーンって出てきた大きな穴を見てわーって声を出した。
「先ほども説明したように、世界を創造した後の女神には、そこに住む命に眠るスキル関連の力くらいしか残りません。ですが逆に言えば、私が導いた貴方たちの力こそが、二つの世界を繋ぐ鍵になるのですっ!」
「私達のスキルの力を呼び水に、もう一つの世界への出入り口を固定する……。説明されたときはよく分からなかったけど、上手くいったのなら良かったよ」
「これで後は、大魔王さんや魔族の皆さんが頑張って下さってる機械が完成すれば準備オッケーですね! 先代大魔王さんの話では、あちらの世界にもモンスターがうようよいるらしいですから、そこでも皆さんのお力は必要になると思います」
「うん……。俺も頑張る」
ハルさんやアールリッツさんの言葉に、俺も他の皆も凄く真剣な顔で頷いたり、手を上げたりした。
あの会議で色んなことが分かってから数日。
もう一刻の猶予もない俺達は、こうしてすぐに準備に取りかかってた。
リズ達魔族の人達はほとんど徹夜で世界を救うための機械を作ってる。
リリーやアールリッツさんも、リズ達の機械がちゃんと動かせるように、向こう側の世界を調査しに行ったり、このトンネルの場所に紛れ込んでるモンスターを捕まえたりしてた。
そして――。
「カノアさんの方はどうでしょう? 水泳EXでやれそうですか?」
「わからない。頑張るけど……」
「おっとと、これは失礼。確かに今の時点でこのようなことを聞かれても困ってしまいますよね」
「ラキと一緒に練習はしてる。どれくらいの水なら一度に動かせるのかとか、もっと他に出来ることはないのかなとか」
「ええ、カノアさんはそれで良いと思います。本来ならば、スキルを司る女神として、水泳EXの能力も十全に説明出来れば良かったのですけれど……。なにぶん、水泳EXは私が作った物ではないので……なんともかんとも!」
トンネルを固定して、パライソに戻る途中。
船の上でぼーっと考え事をしてた俺に、いつも通りニコニコ笑顔のハルさんが話しかけてきた。
不思議だな。
あの大洪水の時も、あの無人島の時も。
こうしてハルさんの笑顔を見てると、あんだか安心するんだ。
「水泳EXはハルさんが作ったんじゃなくて、もう一つの世界の女神様が作ったんだよね。ハルさんは、それを探して目覚めさせただけだって……」
「――そういうことです! 女神である私が冒険者ギルドの受付に身をやつしてまで探していたのは、私に全てを託して消えた〝同僚〟が残した最後のスキルの継承者! 本当にギリギリでしたが、見つけられて良かったですっ!」
「うん……」
ニコニコしながら話すハルさんの言葉を聞いて、俺はちょっと考えた。
何をって、それは俺が今まで何度も考えて、他の皆に尋ねてきたこと。
「なんで俺だったんだろう……」
「え?」
「だって俺には何もない……。ハルさんと話して、大洪水が起きたあの日まで。何ももってない、ただのしょぼしょぼ人間だったのに……」
もう何度も考えてた。
どうして俺だったんだろう。
前はそんなでもなかったけど、今は全然重みが違う。
水泳EXは、世界を救うために女神様が託した最後のスキルだって。
そんな大事な力、どうして俺なんかが持ってたんだろう……。
「……理由なんてありませんよ。本当にたまたまです」
「そうなの?」
「千年前……〝あの子〟から最後の連絡を受けた時、あの子は申し訳なさそうに私にこう言ったのです……。〝力を送った先の命が誰かまでは分からない。もしかしたら、凄く悪い人だったりするかもしれない。世界を救うどころか、世界を滅ぼすことに使われるかもしれない。最後まで、無責任でごめんなさい……〟って……」
「…………」
「結局……私は彼女に何もしてあげることが出来ませんでした……。私も出来ることなら、あの子を助けに行ってあげたかったのですが……」
ハルさんのその話に、俺は何も言えなかった。
もう一人の女神様も、誰が水泳EXに目覚めるのか分かってなかったのか……。
「でも……どうしてもう一人の女神様は水泳EXを自分の世界で使わなかったんだろう……。そのために頑張ったんじゃないのかな……?」
「間に合わなかったのですよ……。あの子が〝水泳EXという答え〟に辿り着いた時には、もう全てが手遅れだったのです……。だから、あの子は最後に生み出した究極のスキルを、〝こちらの世界に託した〟んです……」
「託した……」
「はい……既にお話しした、世界滅亡の原因である〝海の神〟。その圧倒的存在に抗うためには、急造の水泳EXではあまりにも手遅れだったのです……」
〝大丈夫……貴方はもう、今よりもずっと深い絶望をその手で拭ったじゃないですか。出来ますよ……自分で気付いていないだけで、貴方は今までもずっとそうして生きてきたんです〟
ああ、そうか……。
あの時。
あの復興式典の時。
怖くて動けなかった俺を励ましてくれた声は、もしかして――。
「でも、今はもう違います。あの子が私達に託した水泳EXは、カノアさんという優しい人に受け継がれて、もう何度もこの世界と命を救い、成長しましたからっ!」
「成長……。水泳EXも、俺と一緒に……」
「そうですともっ! 大丈夫、今の貴方と水泳EXならきっとできます。この世界の女神である私も、もういないあの子も……そう信じてますからっ!」
〝ありがとうカノアさん。かなりギリギリでしたけど……最後の人が貴方で本当に良かった――〟
あの時、確かに俺を励ましてくれた優しい声。
その声を思い出した時。
俺の心の中に、ハルさんにすごく良く似てる……でもちょっとだけ違う雰囲気の、とっても優しそうな女の人が笑ってるのが一瞬だけ見えたんだ――。
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