英雄のやり方
『アオーーーーン! ギャオオオオオオオンンッ!』
「な、なんだこの黒い煙は!? このサメが出したのか!?」
「逃げてリズッ! それを吸い込んじゃダメだ! 父さんがシワシワになったのは、その黒い煙のせいっ!」
「マジか!?」
俺の声を聞いたリズは、すぐに円盤を空の上の方に飛ばす。
俺の方は水泳EXで煙を縫う感じで水中を避けていく。
でもここはまずい。
この黒いもやもや……水の中ではイカスミみたいに広がって、海の上に出たら煙になる。
少しなら大丈夫だけど、それこそコップ一杯くらいの量を飲み込んだら、俺も父さんと同じシワシワになっちゃうと思う。
海の中のイカスミは多分どうにか出来る。
今も泳ぎながら水流を操って、イカスミが周りに広がらないように押さえ込めてる。
だけど問題は上だ。
俺がどんなに水で壁を作っても、こういう煙を止めるのは難しいぞ……。
『アオオオオオオオンッ!』
「ぬわーーーー!? このサメ犬、むちゃくちゃ元気ではないか!?」
「とにかく離れて! その煙はヤバイ。このままじゃ、街の方まで流れていっちゃうかも!」
「なるほどそういうことか!? クックック……! ならばカノアよ、上のことはこの私に任せるのだ! お前はそのサメ犬をなんとかせよッ!」
「ありがとうリズ……やってみる!」
俺が言いたいことをすぐに分かってくれたリズが、円盤の周りに沢山の凄い機械を作って煙を囲む。
リズの機械はサメ犬の煙を吸い込んで、大きな倉庫みたいな所に放り込んでるみたい。
良かった、やっぱりリズは凄い。
なら、俺はリズの言う通りこのサメ犬をなんとかしないと――!
『ワンワンワンッ! ギャオオオオオン!』
「でもどうしよう……サメ猫の時はたしか、沢山のお肉とか魚をあげて仲良くなったんだっけ――」
そこまで考えた時。
俺とサメ犬を囲む水が、俺に何かを伝えようとしてピリピリってした。
なんだろうと思って意識をそっちに向けると、サメ犬の周りで〝シワシワになった魚の群れ〟が見えたんだ。
『ワオーーーン! キューン!』
「これって……もしかして、この煙って……」
そうだ。
水が俺に伝えたかったのは、多分これだ。
このサメ犬……もうずっとまともに〝エサを食べてない〟。
サメ犬の周りの海から、サメ犬自体が黒いモヤモヤに捕まって大変になった光景が見えた。サメ犬は黒い煙を浴びてもシワシワになったりはしなかったけど……それからずっと、自分の体からこの黒い煙が勝手に出ちゃうようになったんだ。
それで周りの生き物もシワシワになっちゃって、いくら食べてもお腹いっぱいにならなくなっちゃったんだな……。
じゃあ、サメ犬もこの黒い煙は出したくて出してるわけじゃないってこと……?
うーん……。よく分からない……。
でも、間違いないのはこのサメ犬がお腹を空かせてるってこと。
それと、このサメ犬も黒い煙のせいで困ってるってことだ……!
「よし……。それなら――!」
『ワンワンッ!? アオーーーーン!?』
俺はもう何度もやってきたみたいに水の中で速度を上げる。
サメ犬の周りを一瞬で何千回、何万回も回って、サメ犬の周りの水をぐるぐるにかき回す。
俺はそうして出来た渦の水に手を当てて、サメ犬の大きな体の中に充満してる黒い煙を……その一番濃いところを……見つけた!
「リズ! これを閉じ込めてもらってもいいっ!?」
「おおおおっ!? また妙な物が出てきたな!? ならば行けいッ! 大魔王バキュームくん三号ッ!」
俺は水の渦を操って、サメ犬のお腹から黒い煙を出し続ける〝変な機械〟を吐き出させる。
リズはすぐに俺の考えてることを分かってくれて、放り投げたその機械をすぐに大きな箱に放り込んでくれた。
「やったなカノア! あれだけ暴れていたサメ犬も、すっかり目を回してノビているではないか! フハハハハハッ!」
「ありがとう。それと、もう一つお願いがあるんだけど――」
――――――
――――
――
『キャンキャンッ! バウバウッ!』
「はははっ! なんだなんだ、最初はサメ猫と同じでキモッて思ったけど、こいつも懐けば可愛いもんじゃないかっ! よしよし、良い子だなっ!」
「フフフ……。いきなりありったけの食べ物を持ってきて欲しいとラキ君から言われた時は何事かと思ったけど、まさかサメ猫君の親戚がお腹を空かせていたなんてね」
『リリーもアールリッツ様も、突然の呼び出しに応じてくれてありがとうございました』
「来てくれてありがとう。いきなりごめんなさい」
「気にするなって! 大体この件だって、本当はパライソが連邦の問題として解決しないといけないことだったんだろ? それを聖女や勇者が手伝うのは当たり前さ!」
「全くもってその通りなのだっ! 聞けば、すでにカノアの親父殿がこの怪物については何度も報告を上げていたと言うではないか。洪水の後で忙しいのは分かるが、ここは改善の余地ありだぞっ!」
あれから数時後。
お腹いっぱいになってすっかり大人しくなったサメ犬の前。
俺とリズ、それとオルアクアに乗ったラキと、パライソから山ほど食べ物を持ってきてくれたリリーとアールリッツさんは、街の港に集まってた。
まだリズが調べてくれてる最中だけど、やっぱりこのサメ犬は、自分であの黒い煙を出してたわけじゃなかったみたい。
お腹の中に入ってた変な機械を取り出したらもう煙も出なくなってる。
もう少し落ち着いたらサメ島に連れて行って、変な病気じゃないかとか、そういう検査をするって言ってた。
そして――。
「ところでさ、ここってカノアの親父さんやお袋さんも住んでるんだろ? せっかくだし、少し挨拶でもしとくか?」
「あ……。それなんだけど……」
「うわぁ……! す、すげぇ……! カノア兄、本当に聖女様や勇者アールリッツと友達なんだ……っ!?」
「兄さん……。すごい……!」
「そ、そんな……。あのカノアが……」
そして、母さんや父さん。
リルトもラルラも、さっきからそんな俺達を遠くからずっと見てた。
サメ犬が大丈夫そうなのを確認した俺は一度リズのことを見て、リズがうむうむって頷いてくれたのを確認してから、皆にこっちにきていいよって手招きした。
「わあ……マジで凄すぎるよカノア兄っ! やっぱりカノア兄は、本当に海の英雄になったんだなっ!」
「あ、あの……初めまして……っ」
それで、リルトとラルラは恥ずかしそうに……でも凄く嬉しそうに走ってきて。
母さんはなんだか気まずそうにしながら、車椅子の上でシワシワのままの父さんと一緒に、ゆっくりこっちにやってきたんだ――。
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