もっとのんびり


『聞こえますかリズ様、カノアさん。周辺を航行する船舶の避難は完了しました』


「ご苦労だったラキよ! 後は私とカノアで片付ける! ラキはそのまま一般市民の保護を頼んだぞっ!」


「ありがとう。なんとかしてみる……」


 次の日のお昼。


 雲一つ無い青い空の中を、空よりも濃い青で塗られたオルアクアがびゅーんって飛んでいく。


 俺とリズは、海の上をすいーって滑る大きな円盤の上に乗ってる。

 リズが作ったこの円盤は、空も飛べるし、いざとなったら怪物を攻撃したり、捕まえたりもできるんだって。


『怪物の正体は不明です。十字型のこともありますし……お二人とも、絶対に油断しないで下さいね!』


「クックック! 言われるまでもない! さあカノアよ、怪物退治を始めるぞ!」


「ん……リズも気をつけて」


 オルアクアはずんぐりむっくりした手をビシってして俺達に手を振ると、そのまま街の方に戻っていった。


 オルアクアを見送った俺は、リズと一度頷き合ってからひょいって円盤から海の中に飛び込んだ。



 ――水泳EX――



 太陽の光でキラキラに透き通った青い海。

 それが水泳EXの力でもっと光って、俺の中に色んなことを伝えてくれる。


 海の底も。海の向こうも。

 今はちょっと離れてるパライソも。


 それと……。

 

 あんなにシワシワになってるのに、今も俺のことを港で待ってくれてる父さんのことも――。



「すまん……。無関係のお前の手を煩わせてしまって……」


「俺はぜんぜんへーき。でも……父さんの方こそ大丈夫なの? 体もそうだけど、やっぱり……父さんらしくないっていうか……」


「俺らしさ……。そんなもの、とっくに俺の方から願い下げだ……。俺は……その俺らしさとかいう考えでお前を追い出したんだぞ……? お前を役立たずだと罵って、期待外れだと見下した……。実の息子を……つい最近まで俺の周りに群がっていた……〝今はもういない奴らと同じように扱った〟んだ……」


「父さん……」


「あの時も今も、怪物を見たのは俺だけだ……。シワシワになった俺の話を、他の奴らはまだ本気にしてもいない……。俺がしくじったことを、怪物のせいにしていると言う奴らまでいる……。いや……俺の周りには、そんな奴らしかいなかった……。俺が自分でそれを選んだんだ……」


 俺とリズが出発する前。

 父さんはそう言って、ぷるぷる震えながら空を見てた。


 父さんは、俺のことを見てくれなかった。

 というか……俺と目を合わせるのが辛そうだった。


「一番のダメ人間は俺だった……。誰よりも上に、誰よりも強ければ……。富も名声も……何もかも手に入ると思い込んでいた……。俺は……今までなんために……っ」


 そんな父さんに、色々言ってあげたかった。


 俺はもう別に気にしてないとか。

 それでも父さんの周りには、母さんもリルトもラルラもいるよとか。


 でも……多分そういうんじゃないんだろうな。

 今の父さんには、俺がそうすればするほど辛いのかも。


 それで、その時になって俺も初めて知ったんだ。

 結局……父さんも前みたいな生活はしんどかったんだなって。

 

 誰よりも働いて、誰よりも頑張って、皆の前では大声で笑って。

 体を鍛えて、自分を誰よりも大きくして。大きいぞって言い続ける。


 もしかしたら、そうしてた時の父さんはそれをしんどいって気付いてなかったのかもしれないけど。


 やっぱり……。

 少しくらいのんびりしても良かったんじゃないかな……。


「見えるかカノア!? こちらからははっきりとは分からぬが、確かに巨大な影が海中に潜んでいるぞっ!」


「うん……見えてる。多分こいつだ」


『グルルルル――――! キャンキャンッ!』


 青く光る海の中。


 一気に加速した俺の目の前に、茶色の犬っぽい手足が生えてる〝大きなサメ〟の姿が飛び込んでくる。


 サメ猫の親戚かな……。


 大きさもサメ猫と同じくらい。

 だけど、手足がすらっとしてる分こっちの方が大きく見えた。


 俺はサメ猫を知ってるし、水泳EXもあるからもうそこまで怖くなかったけど、父さんはただの筋肉だけでコイツと戦おうとしたんだな……。


「気をつけろよカノア! 親父殿の話では、そいつはただ攻撃する以外になんらかの妙な力を持っているはずだ! 引き気味で観察するか、もしくは速攻で倒すかなのだっ!」


「むぅ……。じゃあ、まずはじーっと見てみる……」


 リズのアドバイス通りに、俺はいつでも逃げられるように準備してすいーっとサメ犬の横に泳いでいく。


 むちゃくちゃ大きい濁った目が、俺の方をぎょろって向く。

 俺は内心ヒエッ……ってなりながらも、意識を水に集中させた。



〝ガーハッハッハ! きもいサメの怪物め! 俺様の拳で叩き潰してやるぞっ!〟



 来た。


 俺に力を貸してくれる水から、サメ犬と父さんが戦った時の記憶が見える。


 父さんはいつも通り、真正面からサメ犬をぼこぼこに殴ろうとしてる。

 サメ犬はそんな父さんをじっと見ながら、エラのところを大きく開いて……って、これ!?


「――っ!? ヤバイ、逃げてリズッ!」


「なに!?」


 瞬間。

 俺の目の前と父さんの記憶。


 その二つの光景の中で、目の前のサメ犬は黒いイカのスミみたいな〝もやもや〟を、いきなり爆発させたんだ――。


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