憧れなかった理由


「珍しいな。カノアがこんな時間に出歩くなど……」


「あ……ごめん」


「ふふ……謝ることではない。ただ、私はカノアが横にいてくれないと、いつものように安眠できんのでなッッ!?」


「かわいい」


 その日の夜。

 父さんからの頼みを聞かされた俺とリズは、そのまま街に留まった。

 

 しぶしぶって感じだったけど、母さんは開いてた部屋を貸してくれた。

 リルトとラルラは喜んでくれたし、俺だけじゃなくてリズとも良い感じだった。


 ただ、その後なかなか寝付けなかった俺はちょっと外の風にでも当たろうかと思って道に出てきてたんだ。


「――いい弟妹ではないか。元気で頭の回転も速い。私が大魔王だと言うことにも、特に恐怖を感じたりはしていないようだ」


「うん。二人はとっても良い子だよ。俺が今みたいにのんびりしたままなのも、多分二人のおかげ」


「だが……あの母親はキツいな……。なんというか、むやみやたらと吠えまくる野良犬のような……。まったく、何にあれほど怯えているのか……」 


「父さん程じゃないけど、母さんも前とは大分違う……。前はもっと自信があって、堂々としてた。俺に勉強や作法を教えてくれてたのも母さんで、俺がうまく出来なくても、追い出される直前までずっと面倒を見てくれてたんだ……」


「そうか……。複雑なのだな……」


「うん……」


 黄色いお星様がいっぱい描かれたパジャマを着たリズは、そんなことを話しながら俺の隣に並んで空を見上げた。


「しかし、まさか怪物とはな……。私もパライソ国内の事件には目を通しているのだが、確かにこの街の周辺で海難事故が多発している件は目にした記憶がある」


「怪物のことは書いてあったの?」


「私が見た時点では、原因不明だったはずだ。さっきカノアの親父殿も言っていたが、実際に海に入り、その怪物と対峙したのは親父殿だけなのだろう? 原因不明のままでは、我が魔族の同胞も、パライソの議員共も動かなくても無理はない」


「父さんだけ……。父さんだけが怪物を見て、戦った……」


「パライソには水中戦闘が可能なスキルを持つ者は少ないからな……。持っていても、カノアが最初に言っていたように、モンスターとの戦闘に活用しようとする者は皆無だろう」


 父さんからの怪物退治の依頼。

 俺とリズはそれを受けた。


 父さんはあの大洪水のすぐ後、この街の周りで沈没しそうになった船を助けようとして海に飛び込んだんだって。


 父さんは強い。


 父さんは冒険者じゃないけど、スキル〝水中無限呼吸〟を持ってる。

 その上バキバキに鍛えてるから、竜巻に乗って空からやってきたサメの大群を、一人で全部倒したこともあったくらい。


 でも、船を助けようとした父さんはそこで見たこともない怪物を見つけた。

 船を沈没させた犯人がその怪物だって知った父さんは、その怪物を倒そうとして、やられちゃったんだって……。


「しかし街の奴らも冷たいな……。結局、その戦いであのような姿になった親父殿を、誰も支援しないとは……」


「俺は、その……。なんとなく分かる気がしてて……。父さんも母さんも、他人より強いことが偉いんだって大声で言ってて……。それで生きてきた人だから……」


「なるほど……。負けて力を失った二人に価値はないと……。そして、そうさせたのもあの二人の自業自得というわけか……」


「多分……。俺も、父さんのパーティーに来てた人達の話の内容は、ちょっと覚えてるから……」


 それは、俺が父さんと母さんみたいな生活に憧れなかった理由。

 英雄になることを羨ましいって思わなかった理由。 


 だって、いっつも父さんのパーティーに集まる人達は、どっちの方が偉いとか、どっちの方が凄いとか……そういうことばかり話してる人だったから。


 そんな人達と話す父さんや母さんを見て、大変そうだなって思ってた。

 いっつもそんな風に競争して、少しでも間違えたら馬鹿にされて……キツいなって思ってた。


 それに、そんな人達の話題には当たり前みたいに、〝どっちの子供の方が凄いのか〟っていうのも入ってたから――。


 だから、父さんと母さんの周りにあれだけ集まってた人達が、今は誰もいないのも、まあそうだろうなって……。


「……さっきはすまなかった」


「さっき?」


「親父殿との話の途中、無理に帰ろうとしてしまっただろう……? あの場ではもっともらしいことを言ったが……あれはただ、私があれ以上あそこにいたくなかっただけなのだ……」


「そうだったんだ」


「ここに来てから、なるべく平常心を保とうと頑張っているのだが……。やはりなかなか上手くいかないものだな……。カノアのことになると、どうしても感情的になってしまう……」


「ううん……リズがいなかったら、俺も家族に挨拶しようなんて思わなかったから」


「カノア……」


 リズはそのまま、ちょっと背伸びして俺のほっぺたにキスしてくれた。

 やばい。すごく嬉しい。


「絶対に悔いの無いようにするのだぞ……! ここまで来たら、私ももう何も言わぬ……! やはりお前は、私が見込んだ立派な男だ……!」


「ありがとう。大好き」


「はうあっ……!? お、お前……っ!? さ、最近カノアのイケメンっぷっりがガンガン上がっているような気が……はわわ……っ」


「ん……。もっと頑張るから……」


 本当に俺は運が良いんだ。


 だってこんなに素敵な人が、俺の傍にいてくれる。

 一緒になって色々考えてくれてる。


 結局、父さんや母さんに期待されたような俺にはなれなかったかもしれないけど……それでも俺は、きっとこれでいいんだ。


 俺はリズのことをぎゅって抱きしめながら、何度も何度もありがとうって伝えた――。

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