話したかっただけ


「……どうして、来たんだ?」


「それは……。挨拶したくて……」


「挨拶……」


 部屋には俺とリズと父さんの三人だけになった。

 母さんは凄く嫌そうだったけど、父さんはそんな母さんに自分が話すって言って、俺とリズを入れてくれた。


 目の前で横になったままの父さんは、本当にこれがあの父さんなのか今でも信じられないような見た目だった。


 俺よりも大きくて、バキバキに鍛えてた体はシワシワで骨と皮だけに。

 金色だった歯も半分くらい抜けてて……凄い年上のお爺ちゃんみたいだった。


「挨拶か……。変わったな、カノア……」


「カノアの妹から聞いたぞ……。私が訪問の伺いを立てていた手紙を捨てていたらしいではないか?」


「…………」


「何があったの? 病気や怪我なら、今の俺ならなんとかできるかもしれない」


 父さんの様子もおかしかった。

 前は筋肉がそのままぶつかってくるような、凄い当たりの強い人だったのに。


 何があったのかわからないけど、今の父さんは俺が何か言う度に驚いたみたいに目を開いたり細めたりして、すぐに目を逸らしちゃう。


「カノアよ……。たとえどんな仕打ちを受けたとしても実の親……お前の気持ちは私にも分かる。だがな……こいつは既にお前を一度捨てているのだぞ!? 私の出した手紙を相手にしなかったのも、この無様な姿をカノアに見られるのが怖かったからであろう!? 違うのかっ!?」


「……そうだ。大魔王の言う通り……俺はお前を捨てた……。そして、今はこのザマ……。気の済むまで殴るなり、サメの餌にするなり……お前の好きにしろ……」


「いやいやいや……ちょっと待ってよ。俺は別にそういうつもりで来たわけじゃないし……。父さんや母さんに何かして欲しいわけでも、俺から何かしたいわけでもなかったし……」


 はわわ……困ったな。

 リズも父さんも、言うことがマジで怖すぎる。


 確かに、俺は父さんや母さんからダメ人間って言われて困ってた。

 今から思うと、結構ショックも受けてたんだと思う……。


 けど……だからって俺は父さんや母さんに仕返ししたいとか、見返してやりたいとか、そういうことを考えたことは全然なかった。


 むしろ、こんな俺で悪いなって……。


 だから家を追い出された後は、なんかこう……誰にも迷惑をかけない仕事はないかなって思って、冒険者になろうとしたんだし……。


 今だって、俺は本当にただ皆に挨拶出来ればそれでいいかなって……。


「なら……挨拶は終わりだ……。お前はもう、一人で立派にやっているんだろう……。無様に落ちぶれた俺達を助けようとか、そういうことは考えるな……」


「父さん……」


「帰るぞカノア……。ここに長居していては、カノアも私も、そしてお前の家族も辛いだけだ。本来ならカノアに変わり、私自らこいつをボコボコにしてやりたいところだが……。カノアはそれを望まないだろう……?」


「うん……」


 そこまで聞いたところで、リズがふうって息を吐いて席を立った。


「人には付き合って行く上で適切な距離というものがある……。例えば私はカノアとならいつでもギュッギュしていたいが、他の男がそんなことをしてくれば即座に抹殺なのだ……! お前にとっても、この父親にとっても、やはり離れて暮らすことが良いのだろう……」


「そうなのかな……。それでも、俺なら体も治せるかもしれないし……。それ以外にも、なにか出来ることがあるかも……」


「カノアにそうされるのが屈辱なのだろう。散々馬鹿にした上で捨てた息子なのだからな……」


「…………」


 そう言って、リズは俺の手を本当に凄く優しく握ってくれた。

 リズに言われて、俺も寂しい気持ちのまま立ち上がった。


 まだ何も話せてないのにな……。


 父さんとか母さんとか、リルトとラルラとも。

 不思議なんだけど、今の俺は結構みんなと話したかったっぽい。


 それってきっと……俺に沢山のいい思い出が出来たからだ。

 リズと会って、ラキやリリーと会って、色んな楽しいことがあったから。


 俺って、皆にそういう話をしたかったのか……。

 俺にもそういう気持ちってあったんだな……。


 でもそれはそれとして、リズの言うこともそうなのかなって思う。

 父さんが今の姿を俺に見られたくないのも、なんとなく分かる。

 

 助けて欲しくないってのはよく分からないけど……それも多分なんかあるのかな。


 だから俺は、そのままリズと一緒に部屋を出ていこうとした。

 だけど――。


「……待ってくれ。その……俺達のことじゃないんだが……」


「……?」


「この街を……なんとかしてやれないか……? 俺はカノアに酷い事をしたが……。この街は何も関係ない……」


「どういうことだ……? 確かに随分と寂れているとは思ったが……。この街に何か問題でもあるのか?」


 だけどその時。

 部屋から出ようとした俺達を、父さんは弱々しい声で呼び止めた。

 

 振り向いた俺とリズの前で、父さんは本当にシワシワした顔で、申し訳なさそうに俯いていた。


「この街の周りの海に……とんでもない怪物が出る……。俺は、そいつと戦って負け……この有様だ……」


「怪物?」


「街の船ももう何隻も沈められてる……。このままじゃ、船乗りも漁師も、みんな怖がってなにも出来ない……。なんとか、してやってくれないか……」

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