二人の英雄
「あんた……!? まさか、カノアかい!? 今さら何しにここに……っ!? それに、そっちの子は……」
「いきなりごめん。洪水もあったし、みんなが元気かなって思って」
「無敵の大魔王、リズリセ・ウル・ティオーだ。貴様がカノアの母親か?」
「だ、大魔王……っ!? あんたが……!?」
「どうしたんだよ母ちゃんっ! カノア兄が帰ってきてくれたのに、嬉しくないのかよ!? カノア兄は海の英雄だって、この前街の広場で皆で見たじゃんかっ!」
弟のリルトは俺達のことを見て、すぐに家の中に入れてくれた。
昔からリルトは俺とも普通に遊んでくれて、仲が良かった。
泳ぎも俺より上手くて、早起きも得意で。
俺が父さんに怒られたりしても、いっつも俺を慰めてくれてた。
それと――。
「あ、あの……これ、お茶です。お兄ちゃんも、そっちの大魔王さんも……」
「ラルラもありがとう。気を使わせてごめん」
「突然尋ねて悪かったな。以前に私の名前で手紙は送ったのだが……返事がなかったのでな」
「ごめんなさい……大魔王さんからの手紙のことは知ってました。でも……父さんが、〝全部捨てろ〟って……」
「ほう……?」
リルトだけじゃなくて、妹のラルラも俺とリズのことをおっかなびっくりって感じで出迎えてくれた。
ラルラはちょっと俺と似てて、ぼーっとしてるところがある。
早起きも苦手。
でも頭は凄く良くて、勉強は街でも一番ってくらいに得意だった。
リルトみたいによく遊んだりはしなかったけど、ラルラに頼まれた買い物の荷物持ちとか、今リズと一緒にやってるようなことは、良くやってたんだ。
「そりゃそうだろう!? あの人も〝あんな風〟になっちまって……! あの人が今一番会いたくないのがカノアだろうに……っ!」
「あんな風って……。もしかして、父さんに何かあったの?」
「何言ってんだよ母ちゃんっ!? カノア兄に頼めば、父ちゃんのことも家のことも、もしかしたらなんとかしてくれるかもしれないだろ……っ!?」
「リルトは黙ってな! カノアを家から追い出したのは私とあの人なんだよッ! でくの坊で役立たずのカノアがいちゃ、村の英雄として恥ずかしいってね……!」
「…………」
母さんの言葉で、なんか色々繋がってきた。
きっと、父さんに何かあったんだ。
だって、まだ真新しい感じの家の中は、綺麗だけど寂しかった。
なんか暗くて、俺がいた頃の家の雰囲気とは全然違ってた。
あの父さんが元気なら、こんな場所に住むなんて絶対〝我慢できなかった〟はず。
もちろん、元の家は流されちゃったんだから違うのは当たり前なんだけど。
それにしたって、あまりにも違いすぎて……。
「なんで戻ってきた……!? もうアンタには関係ないことだろう!? 海の英雄だかなんだか知らないけど、今さらどの面下げて自分で追い出した息子に助けてくれなんて言えるもんかねッ!? 惨めったらありゃしない……ッ!」
「でも……」
「こやつ……ッ!」
母さんのその言葉に、隣に立つリズの気配が変わるのが分かった。
けど、ダメだ……。
戻るって決めた時から、こう言われるのはなんとなく分かってた。
リズが何度か送ってた手紙にも、きっと返事はこないだろうなって。
父さんは〝村の英雄〟だった。
誰よりも魚を採って、父さんの力で村は一気に大きくなった。
村の皆が父さんの力でお金持ちになって、父さんはその王様だった。
父さんはいつも強かった。
俺は父さんが弱いところを見たことがない。
いつも誰よりも大きな声で笑って。
誰よりも食べて、誰よりもお酒を飲んでた。
でもそんな強い父さんが、唯一笑えなかったこと……。
それが、俺だったから……。
「俺は大丈夫だから。怒らないで、リズ……」
「……っ。わかった……」
俺はそっとリズの手を握って、大丈夫って伝えた。
リズはふーって息を吐いて、少し黙ってからもう一度話し始めた。
「だが、やはり理解に苦しむな……。先ほどから聞いていれば、惨めだ、恥ずかしいだなどと……。貴様らにとっては、それほど外面が大事なのか? そのためならば、実の息子のカノアを捨てても惜しくないほどに……?」
「そ、そうさ……! 今はこんな有様だけど……あの人が元気になれば、またすぐに……っ!」
昔はさっぱり分からなかった。
多分、分かるつもりもなかった。
でも……今はなんとなく分かる。
父さんも母さんも、強いってことがとっても大事で。
それで皆から凄いって言われてたから、それがとっても大事だったんだと思う。
だから、弱くて役立たずの俺が長男なのは、凄く嫌だったんだろうなって……。
でも、やっぱり何か困ってるなら手伝ってあげたかった。
今の俺は水泳EXのお陰で病気とかも治せるし、怪我とかもいける。
父さんと母さんは嫌かもしれないけど、今の俺なら……。
「でも、母さん……。皆が困ってるなら、俺にも何か……」
「カ、ノア……? いるのか……?」
「え……?」
でもその時。
奥の方から声が聞こえた。
すぐに父さんだって分かったけど、それは全然父さんの声じゃなかった。
俺は思わず立ち上がって、声のした方の部屋のドアを開ける。
母さんが何か言ってたみたいだけど、その時の俺には聞こえてなかった。
「カノア……なのか……? 情けないな……こんな、無様な……」
「父、さん……?」
どうしてって……思った。
だって、俺が洪水から皆を助けた時。
その時はまだ、父さんは絶対にこんなのじゃなかったから。
部屋のドアを開けた先。
部屋のベッドに横になった父さんは、まるで骨と皮だけみたいにシワシワになってたんだ――。
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