英雄の帰還


「ふむ……ここがカノアの家族が住んでいるという街だな」


「うん。ラキが調べてくれたから間違いないと思う」


 ここはパライソからちょっと離れた海に浮いている別の街。

 リズと一緒に船から下りた俺は、パライソと同じようなキツい暑さにふうって息をついた。


「それに、なんとなく覚えてる。あの大洪水の時、確かにみんなをこのあたりに運んだような……」


「そうだな……。カノアは立派に家族を助けた……にも関わらず、助けられた家族は未だに何も言ってこないとは……っ! いくら確執があろうとも、感謝の一言くらいあっても良かろうにっ!? ぐぎぎ……!」


「ありがとう。でも俺は気にしてないから……」


「カノアが気にしなくとも私は気にするのだっ! カノアは私にとって、さ、最愛の……こ、こい……こい……恋人なのだからなああああああああッ!? そのカノアが蔑ろにされているのは、我が事よりもムカムカするのだッ!」


「わかってる……だから、俺も頑張る」


 船から下りて早々、レンガが敷かれた地面をガンガン叩いて怒り出すリズ。

 俺はそんなリズをじっと見て、それから手を握ってよしよしってした。


 リズの気持ちは凄くよく分かる。


 リズにとって俺がどれだけ大事で、そうされるのがどれだけ嫌なのか。

 今の俺には、前よりもずっとリズの気持ちが分かる気がした。


 だって……もしリズが誰かから酷い目に遭わされたり、遭わされてたって話を聞いたら、俺だって凄く嫌だし、怒っちゃっただろうから。


 今も、父さんや母さんに会いに行くのは凄く怖い。


 何を言われるのかも分からない。

 リズの前で、辛いことを言われたりするかもしれない。

 会ったからって、何かが変わるとも思えなかった。


 だけど、リズが俺の家族に会いたいって言うのは分かるし、俺はそれをダメだって言わなかった。


 だって……本当は俺も、〝最後に〟父さんと母さんに伝えたかったから。


 俺は元気にやってるって。

 リズっていう凄く素敵な人が傍にいてくれて、今はとっても幸せだって。


 どんなに迷惑に思われても、それで俺が辛くても。

 やっぱり、それだけでも伝えたかった。


 これで最後でもいい。

 今度こそ、一生のお別れになってもいい。


 でもどうせお別れになるなら、〝あんなダメな息子だったけど、今はどこかで楽しく暮らしてるんだろう〟って……。


 そう思って貰えるお別れにしたかったから――。


「ん……すまない、もう大丈夫なのだ。私もパパ様とママ様とずっと離ればなれだから、カノアのその気持ちは分かるのだ……」


「うん……」


「だが、これだけは覚えておいてくれ。たとえここで何があろうと……。たとえカノアが何を言われ、どんな辛い仕打ちを受けようとも、私は絶対にお前の味方だからな、カノア……!」


「ありがとう……凄く分かるよ」


 二人でそう言い合って、手をしっかり握って歩き出す。

 そうしてくれるリズに、何度も心の中でありがとうって言いながら――。


「ところで、以前にも少しだけ聞いたが、カノアの家族はどんな奴らだったのだ?」


「えーっと……とりあえず、父さんはむちゃくちゃデカイ。俺の五倍は大きくて筋肉ムキムキ。歯は全部金色。いっつも裸で外をうろうろしてる……」


「ぶふぉ――っ!? な、なんだそれはッッ!? 〝多少変わっている〟とは聞いていたが、変わっているどころか、それでは〝ただの変態〟ではないかッ!?」


「でもそういうのは父さんだけで、母さんはまあ普通……。あと弟と妹がいて、二人も普通だよ」


「その親父殿だけで釣りがくるほどに危険な気がするが……。つまり、カノアの体格の良さはその親父殿譲りというわけか……」


「そうだと思う」


 ――元々、俺の実家は大きな湖で魚を採る漁師だった。


 湖はパライソの周りでは唯一って言っていい水場で、父さんは毎日毎日夜からおきて、村の漁師の中でも一番働いてた。

 だから俺の家はそこだとかなりのお金持ちで、村や町の人も、みんな父さんを頼って家に尋ねてきてた。


 俺が最初からそこそこ泳げたのも、俺に漁師が無理だって分かってたのも……子供の頃に父さんから跡を継ぐために色々教えられたから。だけど――。


「妙だな……いくらパライソほど大きくないとは言っても、流石に寂れすぎではないか? 見たところ、我ら魔族の設備は問題なく稼働しているようだが……」


「なんでだろう……」


 二人で街を歩いて行くうち、俺達は街の様子がおかしいことに気付いた。

 なんていうか、街に全然元気がない。


 道を歩いてる人達もなんか暗いし、パライソに比べると道沿いのお店に並んでる食べ物とかも全然なかった。


「カノアの父はこの辺りでも有数の漁師という話だったな……。世界がこのように水没した今となっては、むしろ以前より活躍していても良さそうなものだが……」


「わからない。俺の家はこの街からは少し離れてたから……。皆のことは俺が運んだけど、家や家具とかは全部流されちゃったと思うし……」


「だからこそ、漁師として精力的に活動していると思っていたのだが……。む……見えたぞカノアっ! あの家ではないか?」


 そうやって暫く街を歩いて行った先。

 ラキが教えてくれた住所に着いた俺達は、そこで建てられたばかりの小さな家を見つけた。


 そして――。


「あれ……? もしかして、カノア兄……!?」


「あ……」


 その時。

 その小さな家の前。


 水を一杯に溜めたバケツを運ぶ小さな男の子……本当に久しぶりに見た、俺の弟と目があったんだ――。



 

  

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