誰の英雄


〝フゥーハハハハハハッ! ようやく帰ってきたか! この私をこうも待たせるとは……貴様、なかなかにいい度胸をしているようだなッ!?〟



 あの時。

 家のドアを開けたら目の前にリズがいて、凄く嬉しそうに笑ってた。


 真っ赤な大きな目をギランって光らせて、白くて細い腕をビシって腰に当てて。

 びっくりして何も言えなかった俺のことを、興味津々って感じで見てた。



〝誰が泥棒だ誰が!? まさか、これほどの圧倒的存在感とオーラを放つこの私を忘れたというのではあるまいな!? 私にあれだけのことをしておいてッ!?〟



 あの時。

 リズはどんな気持ちで俺のことを見てたんだろう……。


 俺と初めて会った時。

 リズの力は空っぽだった。


 あんな風にドカーンって家の中で待ってて、もし俺が悪い奴だったらとか……そういうことは考えてなかったのかな……?



〝どうせ貴様とは、これから長い付き合いになるのだからなァ……!? クックック……! クッハハハハハハハハッ!〟



 うん……。

 きっと考えてなかったんだろうな……。


 最初からリズは、ずっと俺のことを信じてくれてた。


 別に俺はリズが思ってるような〝英雄〟なんかじゃなくて、皆の為に何かをしようなんて、これっぽっちも考えてなかったのに。


 ただ昼まで寝ていられれば、それでいいって思ってるだけだったのに……。


 リズだって、俺がそんな立派な人間じゃないことはすぐに分かったと思う。

 だけど……それでもリズはずっと俺と一緒にいてくれた。


 思ってたのと違うとか。

 話してみたらがっかりしたとか……。

 

 俺が今まで何度も言われてきたことを、リズは一度も言わなかった。


 それどころか、俺が〝こうしたい〟って話したら、いつも一緒に考えてくれた。

 俺にはそれは難しいって言ったら、無理にやらせようともしなかった。


 いつも俺のことを一番に考えてくれて。

 俺がどんな奴なのか、きっと俺よりも分かってくれてる……。


 リズには、〝貰ってばっかり〟だ……。


 色々お返ししようって思っても、俺にはどうすればいいのか分からない。

 もっとリズに喜んで欲しいのに、何をすればいいのか分からない。


「……? どうしたのだ?」


「あ……。う……っ」


 俺はリズのことが好き……。

 それも、どうもむちゃくちゃ好きっぽい……。


 最初は自分でもびっくりしたけど……よくよく考えたら当たり前なのかも。


 だって、リズは信じられないくらい沢山のことを俺にしてくれたんだから。

 むしろこれだけされて、好きにならない方がおかしいと思う。


 もし俺が男じゃなくて女の人だったり、おじいちゃんだったりおばあちゃんだったり、小さな子供や赤ちゃんだったり、犬とか猫とかサメだったりしても。


 ここまで優しくされてたら、なにがどうなっても、きっと俺はリズのことが大好きだったと思う。多分。絶対。


 だから――。

 

「あの……その……。実は……リズに伝えたいことが……あるような……」


「伝えたいこと……?」


 リズの赤い目が、夕焼けに照らされてキラキラ光ってる。

 いつもと同じで、まっすぐ俺のことを見てる。


 俺なんかとは全然違う。

 自信満々で強い目。


 やばい。


 緊張しすぎて、心臓が破裂する。

 頭に血が上ったり下がったりして、息をするのもキツい。


 い、言わなきゃ……って思ってるのに、マジで声が出ない。 

 足がガクガク震えて、多分あと十秒くらいしか立ってられない。


 なんて俺はダメなんだ。

 やっぱり怖くて、怖くて怖くてどうしようもない。

 

 リズのことを信じてるのに。

 皆にもあんなに応援して貰ったのに。


 それでも俺は、怖くて何も言えない。


 目の前が真っ暗になって、意識が遠ざかってく。

 俺の心が、ここから逃げ出したがってる。


 も、もうダメだ――。


「大丈夫か……? もしや、どこか具合でも悪いのか……?」


「はわ……」


 でも俺がそう思った時。

 マジで気絶する寸前。


 心配そうな顔をしたリズが、俺の手を握ってくれた。

 俺の手を握って、心配そうに見上げるリズと目があった。


 なんてこった。


 そんなリズの顔を見た俺は、申し訳なさとか、やっぱりとっても優しいとか、好きとか。

 とにかく色んな気持ちが一気にぐわあああってこみ上げてきて。


 それで――。


「ご、ごめんなさい……。好きです……」

 

「ん…………? はえ……っっ!?!?!?!?」

 

 あれ……?


 もしかして、言えた……?


 言えたかな……?


 けど……だめだ。

 俺はそこまでだった。


 やっぱり俺は、最後までしょぼしょぼだった……。


 リズにちゃんと言えたのか、言えなかったのかも分からないまま。

 色々限界だった俺は、ばったーんって倒れた――。

 

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