はわわの英雄


「え……?」


「もう一度言いましょうか? カノアさんはリズ様に恋をされています。そのせいでリズ様の可憐な笑顔を見るだけで胸が高鳴り、手が触れ合うだけで血圧が急上昇し、ただ語らうだけで発汗量が増加しているんです」


「マジか」


 恋。

 

 ラキからそう言われた俺は、自分でもびっくりするくらいびっくりした。

 びっくりしたって二回も三回も言うくらい、とにかくマジでびっくりした。


 だって……恋ってなんなんだ?

 悪いドラゴンに捕まってたお姫様を王子様が助けて、それで幸せに暮らしたとかそういうのだっけ……。


「恋は恋ですよ。難しく考える必要はありません。カノアさんはリズ様のことが嫌いなんですか?」


「ううん。全然そんなことない」


「一緒にいて楽しいと思いますよね? お別れするとき、ちょっと寂しい気持ちになったりしてませんか?」


「な、なってる……」


「なら、それが恋というものです。好きな人と少しでも一緒にいたい、もっとお話ししたい……そう願う気持ちを、人は恋という言葉で説明します」


「むぅ……」


 ま、まじか……。

 

 ラキのそのぐうの音も出ない説明に、俺は本当に呻くことしかできなかった。

 

 もちろん、俺だってそういうのがあるってのは知ってた。

 でも……そういうのは俺には関係のない話だと思ってた。


 だって……つい最近まで俺は、誰かとこんなに沢山話したり、過ごしたりすることがなかったから。


 いつだって寝てて、寝てた方がいいって言われてて。

 俺もそうだなって思ってた。


 俺と話したい人もいなかったし。

 俺がもっと話したいと思う相手もいなかった。


 それなのに……本当にそんなことあり得るのかな?

 っていうかそうだとして、俺はどうしたらいいんだろう……。


「カノアさんの生まれ育った環境が複雑なものだったという点に関しては、僕も簡単に想像がつきます。ですが、今はそういったことは問題ではありません」


「そうなの?」


「そうですよ。だって、リズ様を好きになったのは〝今のカノアさん〟じゃないですか。そして、リズ様も僕も……リリーや他の皆さんだって、今のカノアさんを見てこうしてお付き合いしているんです。大切なのは過去ではなく今……そして、これからどうしたいかです」


「そうなんだ……」


 ラキはまっすぐに俺のことを見てそう言った。

 やっぱり、まだ十三歳なのにラキは凄すぎる……。


 でも……内容はともかくラキの言い方はなんかいつもより柔らかくて、きっと俺のことを心配したり、考えたりしてくれてるんだろうなっていうのはすぐに分かった。


 でも……。


「で、でも……。り、リズに好きって言うのは……こう……考えるだけで……なんかヤバイ……死にそう……」


「え? 以前のダブルデートの時は、とても上手くお伝え出来ていたじゃないですか」


「むぅ……。な、なんでだろう……。リズに好きだって言って、もし……嫌がられたらって思うと……ち、血が足りない……ふらふらしてきた……」


「リズ様が? カノアさんのことをですか?」


「そ、それに……! 俺みたいな奴がそんなこと言ったりしたら……普通の女の子ならキモっ!ってなって……もう二度とお話ししてくれなくなるかも……」


「…………」


 あれ……。


 俺の話を聞いた後から、ラキの視線が凄く痛い気がするな……。

 呆れるような、とにかく〝ジトー〟って感じの目だ……。


 な、なんか変なこと言っちゃったかな……。


「はぁぁぁぁぁ――――…………っ。カノアさん……やはり貴方は本当にしょぼしょぼのしょぼ人間です……」


「ひどい」


「はっきり言いますけど……。僕の予想では、カノアさんがリズ様に好意をお伝えして、それをリズ様がお断りする可能性は〝ゼロ〟です。間違いなく晴れて二人は恋人同士、それどころか一年以内には〝ご成婚からお世継ぎ誕生〟まで行くと思いますけど」


「ま、またまた……ご冗談を……」


「じー……」


「はわわ……」


 その話にぶんぶん手を振っていやいや……って言った俺に、ラキはむちゃくちゃ大きな溜息をついてから、目だけで人を殺せそうな視線で俺のことをグサッてした。


 ま、マジで怖いんだけど……。


「わかりました……。それなら、今からそれを証明するために、僕以外の人からも助言を貰いに行きましょうか」


「ラキ以外の人にも?」


「ほんっっっっっ――とうにやれやれです。いいですかカノアさん……。貴方のことは、僕だってもうとっくにリズ様のお相手として立派に認めているんです。この際ですから、貴方のその絶望的な自己肯定感の低さも一緒に解消して、堂々とリズ様に想いを伝えて頂きます」


「あ、はい……」


 俺に拒否権はないって感じの、鋭すぎるラキの言葉と視線。


 それを正面から叩き付けられた俺は、自分でも凄くしょぼしょぼしてるなって感じの、しわしわした顔で頷いた――。

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