その海の向こうに


『ギャニャオオオオオオオオン! ゴロニャーーーーン! シャーーーーッ!』


「あはははっ! なんだこいつ! 初めて見たけどなかなか可愛い奴じゃないか!」


「むむう……。まさかサメ猫のお陰で元の場所に戻ることが出来るとは……! この大魔王の目を持ってしても見抜けなかったぞ!」


「助かった。もう駄目かと思った」


 あの十字型の怪物との戦いからすぐ後。

 今俺達は、サメ猫の背中に乗ってのんびりパライソに向かってる。

 

 空はどこまでも青くて、見渡す限り全部が水平線。

 でも寝そべった俺の体に触れる水からは、懐かしいパライソや他の島や、海の上を走る沢山の船や人の気配がしっかり感じられた。


「でも……本当にあの場所はなんだったんでしょう……。先代様のドールは無事に回収できましたけど、結局あの島や海については何も……」


「フフ……それを調べるのは君達魔族の得意分野じゃないか。期待しているよ、二人共!」


「ふーっふっふっふ! あの島にはちゃんとこの私が〝冒険者ギルドの看板〟を立ててきましたからねぇ! 今後、大魔王さんや魔族の皆さんが調査するのにもきっとお役に立てるかと思いますよっ! ええ!」


「サメ猫が来てくれたお陰で、〝出口〟に気付けたんだ……。サメ猫を見つけた場所の近くから、すごい勢いで水がドバーーって流れ出してて……」


「うむ……私の推測では、その出口とやらは常に開いている訳ではないのだ。私達が迷い込んだ嵐のように、なんらかの切っ掛けで開く……。恐らくだが……サメ猫も本来は私達の海ではなく、あの島に住んでいたのだろう……」


 そうなんだ。

 実はあの怪物との戦いの時、俺は怪物とは別に〝二つの物〟を見つけてた。


 一つはサメ猫。


 何度かあの無人島から海に入ったときには分からなかったのに、いきなりサメ猫があの海の中に出てきたんだ。


 戦いの後に迎えに行ったら、サメ猫は心配そうに俺達のところに泳いですり寄ってきた。もしかしたら、俺達の匂いを感じて探しに来てくれたのかもしれない。


 それで、そのサメ猫の近くに出来てた大きな排水溝みたいな場所の先に、パライソとかいつもの海が広がってたんだ。


「僕達が見つけたサメ猫の足跡が古かったのも、そう考えれば辻褄が合いますね」


「リズはあの場所が〝別の世界〟じゃないかって考えてるんだろ? リズの親父さんやお袋さんも、あそこに放り込まれて行方不明になったんだって……」


「その通りだ! リリーもカノアの水泳EXの力はいい加減分かったであろう? にも関わらず、あの海でカノアは私達の流れ着いた島しか見つけられなかったのだぞ! どう考えてもおかしいではないか! 別世界とでも考えねば説明がつかん!」


「別の世界……」


 サメ猫の上で興奮するリズを見ながら、俺はちょっと考える。

 

 さっき俺は二つの物を見つけたって言った。

 一つはサメ猫と、海の水が流れ出す大きな穴。


 そして……もう一つ。

 それは、サメ猫が来た方とは丁度反対側の方角の海にあった。


 帰るのが最優先だったから、まだ実際には見に行ってないんだけど……。

 俺はその方角に、すごい勢いで〝とんでもない量の水が流れ込む穴〟の気配を感じてたんだ。


 あれはなんだったんだろう……。


「クックック……! それはまだ分からん! なーんにも分からん! 何もかも、全てはこれからだ! だが――!」


「うわっ?」 


 うーんって考え込む俺に、リズは跳ねるみたいにして抱きついてきた。

 そしてそのまま俺の腕を取って、サメ猫の上でくるくる回った。


「ありがとうカノア……! 私は嬉しくてたまらんのだ……っ! パパ様のドールを見つけた時は、あまりに辛くて目の前が真っ暗になってしまったが……そうではなかった……!」


「どういうこと?」


「あのドールのコックピットは空だったからなっ! それはつまり、パパ様もママ様も、他の皆もどこかで生きているかもしれないと言うことではないかっ! 私はようやく、皆の手がかりを見つけることが出来たのだっ!」


「そっか……それはそうかも」


「はい。リズ様の仰る通りです」


「ははっ! ようやくいつものリズらしくなってきたじゃないか! やっぱりリズはそうじゃないとな!」


 俺を振り回して喜ぶリズ。

 そんなリズの笑顔を見てると、俺もなんだか凄く嬉しくなってくる。


 リズが元気になって良かった。

 本当に、凄くそう思った。


「これ程までに胸が高鳴るのは生まれて初めてだ……! 世の中には私の知らないことがまだまだ山ほどある! そしてその先には、行方不明のパパ様やママ様がいるかもしれんのだっ! ぬわーーーーっ! 今すぐ調査したくてたまらぬぅーーーー!」


「手伝うよ。俺も」


「当然だ! 嫌だと言っても一緒にやって貰うからな! なんと言っても、カノアは栄誉ある大魔王探検隊の最初の隊員なのだ! この私がいいと言うまで、一生逃がさんからなっ! ナーハッハッハ!」


「そうなんだ」


 死ぬまでずっとリズと一緒。

 前までの俺なら、そんなことを言われたら驚いて、怖くなってたかもしれない。


 けど今は全然そんなこと思わなかった。


 むしろ……そうだったらいいなって。

 繋がったリズの手をちょっと握り返しながら、俺はそんな風に思ってた――。



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