もう誰も
ゾッとした。
目の前に広がるその光景に。
式典の時に俺達を襲ったあの化け物。
それが今度は一つじゃなくて、ぱっと見ただけで十個くらいは浮いてたんだ。
こんな島の奥の方じゃ、どう頑張っても水泳EXは使えない。
前みたいに、何でも一人でやるなんて出来ないんだ……。
心が折れそうだった。
何もかも投げ捨てて、もう駄目だって。
泣き叫びながら地面にうずくまりたかった。
だけど――。
「ははっ! なかなか面白くなってきたじゃないか! 私が前と同じままだと思ったら大間違いだからなっ!」
「待って下さいリリー! リリーはドールの回収をお願いします! このままここで戦えば、せっかく見つけた重要な手がかりを失ってしまいます!」
「私もラキ君に賛成だよ! ここから出る方法がまだ見つかっていない以上、貴重な情報源を失っては本当に死亡フラグが立ちかねないからね! こいつらの相手は私がするから、他の皆は先にドールの回収を優先して欲しいっ!」
「わかった……無茶するなよ兄貴っ!」
リリーとラキは急いで土をガバって吹き飛ばして、アールリッツさんは俺達を庇うみたいにして剣を光らせた。
ハルさんはひええってなりながら、それでも冒険者ギルドの看板を大切そうに持ってリリー達の方に走ってった。
アールリッツさんの言う通り、逃げる場所はない。
だって、今の俺達にはパライソに戻る方法が分からないんだから。
それなのに、一つだけでも大変だった怪物が沢山いる。
こんなの、どう考えたって詰んでるようにしか見えなかった。
だけど、それでも――。
「カノアっ! いきなりどうしたのだ――!?」
「ごめん……ちょっと考え事してた。もう大丈夫」
「考え事……?」
「うん。相談なんだけど……」
駄目だ。
ここで折れちゃ駄目だ。
さっきのリズの涙も。
辛そうな顔も。
もう絶対に、二度と見たくない。
だから――。
「そうか……! 確かにそれならば……!」
「できそう?」
「やるしかあるまい……! いや、何があろうとも……この私がやってみせるっ!」
俺の考えを話すと、リズは何度も頷いて確認してくれた。
頷くリズの赤い目は、今もまだ泣いた跡がくっきり残ってる。
結局、リズにはゆっくりする時間もなかったし、慰めてあげることも出来なかった。
だからやらなきゃ。
今の俺に出来ることを。
リズのために、出来ることを――!
『……PPppppppXxxxxxxxx……』
沢山の紫と、一つの光が俺達のすぐ傍でぶつかる。
空から一斉に降ってきた怪物のビーム。
一発でも食らえば俺達みんな吹っ飛びそうなそのビームは、だけど俺達の所には届かなかった。
「フフフ……! 悪いけど、〝君達の戦法〟はリリーから聞いてるのさ!」
『…X?X?x?……BBnB……gggg……』
空に浮かぶ怪物の中で、ど真ん中に浮いてた一体が端っこをスパって斬られた。
凄い数のビームを全部切り払って、そのまま突っ込んだアールリッツさんが怪物を一発で斬り飛ばしたんだ。
「さあ、君達自慢の速さを見せてご覧よ! 言っておくけど、私も速さにはちょっとだけ自信があってね!」
「ひ、ひええええ!? さ、さすが勇者さん! なんという頼もしさっ! 全力で応援させて頂きますよ! フレー! フレー!」
「やるな兄貴! こっちの作業もすぐに終わるぞ!」
「本来なら慎重に回収したかったのですが、このような緊急時ではやむを得ませんね……! 行きますよ、リリー!」
アールリッツさんが怪物の群れに突っ込むのと同時。
ドールを掘り起こしてたリリーとラキが、周りの土や瓦礫を吹き飛ばして一気にボロボロのドールを引き上げる。
それはオルアクアと似てたけど、もっと大きくて、前に式典でヘドロメールお爺ちゃんが乗ってたドールに良く似てた。
そして――。
「よし……! 行くぞカノア!」
「うん……!」
そこから少し離れた場所で、リズが目を閉じて両手を広げる。
長い黒髪がぶわって広がって、周りの瓦礫がガラスが割れたみたいな音を立てて消える。
大魔王のリズだけが使える
力は渦を巻いて集まって、俺の体をトンネルみたいな筒の中に放り込む。
そうなんだ。
俺がさっきリズに話したこと。
それは、前にサメ猫の時にもやった作戦だった。
「頼んだぞ……信じているからなっ!」
「行ってくる……!」
「よし! 大魔王危機一髪砲! てええええええええいっ!」
瞬間。俺の視界が一気に後ろに走った。
衝撃の次に来るのはふわっとした感覚と、顔にぶち当たるヤバイほどの風。
リズの作った大砲から海めがけて吹っ飛ばされた俺は、怪物とかの横を凄い速度ですり抜けながら、ぐんぐん島の上を飛んでった。
今の俺なら出来る。
こんなに海から離れていても。
きっと皆を助けられるはず。
けど、やっぱりすんなりとはいかなかった。
アールリッツさんと戦ってた怪物の内、何体かが俺に気付く。
怪物はすぐに向きを変えて、吹っ飛ばされた俺よりもっと速いスピードで前を塞ごうとした。だから俺は――。
「ごめんリズ。壊すね……アクアリング」
『……wa……t……?』
多分、来るだろうなって思ってた。
だから俺は先にリズに相談して、もしもの時はアクアリングを壊すって伝えてた。
〝緊急時にはリングそのものを破壊することで、リングの中に封入された大量の水が解放され、一瞬ではありますが辺り一帯を水中と同じ条件にすることも可能です〟
一回しか使えない奥の手。
怪物に攻撃されるよりも早く、俺は意識を集中させてアクアリングの中にある水に呼びかける。
『……bbb……BoneaaaaAAAAAA……XxX……!?』
アクアリングから弾けた水が俺の周りで渦を巻く。
渦は花火みたいに怪物も俺もなにもかもを飲み込んで弾けて、銃から撃たれた弾みたいに加速、そのまま一気に俺の体を海に叩き込んだ――。
――水泳EX――
視界が開ける。
目の前に広がる海が青く光って、俺に寄り添うみたいにして支えてくれる。
そして飛び込んだ海の中で、俺は自分の力を確かめるために拳を握った。
力が集まってくるのが分かる。
俺の気持ちが、今までよりももっと頑張ろうって思ってるのが分かる。
なら、やろう。
リズも、みんなも。
もう誰一人だって、これ以上辛い目に遭わせたくないから――!
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