何も知らない海
「ごめん、こんな時に役に立てなくて」
「そう気にするなカノアよ! 分からぬ物にいつまでも拘っていても仕方なかろうっ! 今は何よりも、まずはこの島でサバイバルすることが先決なのだっ!」
「んだな、私もそう思う」
「流石は大魔王、良い判断だと思うよ」
とぼとぼした感じで海から上がってきた俺を、リズは励ますみたいにして明るく言った。リズの優しさがじんわり染みるな……。
「たった今試してみたが、この島の土や先ほど沈んだ船を素材にすれば、我が大魔王の力は発動可能のようだ! 真水の確保だけでなく、破損したオルアクアの修復もそれで対応出来るぞ!」
「おー、やるじゃないか。やっぱりリズはこういう時に頼りになるなっ! なら、私はこの浜辺の近くに適当な小屋でも建ててやるよ。日が暮れる前には余裕で終わる」
「待って下さいリリー。浜辺近くでの拠点設営は、先ほどのような激しい嵐や高潮から逃げられません。まずは僕と一緒に適当な建設地を選定しましょう」
「フフフ……なら、私はこの島を回って食べられそうな物を探してくるよ。実は私の持つフラグチェックSSは、今から口にしようとする物の毒性判定にも応用できるんだ。味までは保証しかねるけどね」
「ならばならばっ! 由緒ある冒険者ギルド受付担当であるこの私は、早速この島で最も目立つ場所に、〝冒険者ギルド出張所の看板〟を立てて参りましょうっ! いやぁ、腕が鳴りますねぇ!」
「そうだね、確かにそれはとても重要だ。よろしくお願いするよ、ハルさん」
「そうなんだ……」
「よし、これで各自やることは決まったな!? 我々の目的は生きてパライソに戻ることだ! 各自、最善を尽くして事に当たれっ!」
「「 おー! 」」
俺がぼーっとしてる間に話はどんどん進んだ。
こういう時のリズの指示はかなり的確で、他の皆も何も文句ないって感じでそれぞれのやることに取りかかってく。
あれ……。
でも俺は何をすればいいんだろ……?
忙しく動き出した皆の中で、俺はぽつんって取り残されちゃった。
そうしたら……。
「カノアよ! お前は私と一緒に来るのだ! 海水の濾過装置を設置するのを手伝ってくれると助かるっ!」
「あ……わかった」
「うむうむ! 二人で一緒にやるのだっ! フハハハハ!」
ぼーっとしてる所でリズに頼まれた俺は、そのまま二人で浜辺の方に歩いて行った――。
――――――
――――
――
「クックック……完成だっ! とりあえずはこれで良かろうっ!」
「すごい」
あれから一時間経つか経たないかくらい後。
俺とリズの前に、凄い機械がドカーンって完成してた。
もう何回も見たけど、こんな魔法を使えるのは世界中でもリズだけだと思う。
「ククク……ッ! 我が〝漆黒の脳細胞〟には、千年をかけて魔族が積み重ねてきたあらゆるテクノロジーの図面と原理法則が完璧に収められているのだ……! 私はそれらのデータを元に、膨大な魔力と周辺領域の素材を合成して瞬時に創造することが出来る……! フフフフ、凄かろう……!」
「マジで凄い」
「ナーーッハッハッハ! そーだろう、そーだろう! 人間共の間では、私の持つこの力は
「かっこいい」
「まあ、その代わりリリーのように魔力さえあれば何でも出来る――というような力ではないのだがな……」
リズの作った海の水を飲み水に変える機械。
俺はそれをしっかり浅瀬に固定して、パイプとかホースとかをちゃんと言われたとおりにセットした。
そうして、全部を終わらせて海から上がった俺に、リズはにっこり笑顔でタオルと水の入ったコップを手渡してくれた。
「お疲れ様なのだカノアよ! 褒美に、この濾過装置で最初に作った水を飲む栄誉をくれてやろうッ! フハハハハハ!」
「ありがとう」
リズから貰った水は普通に美味しかった。
あの大洪水の後もそうだったけど……リズのこの力はマジで凄い。
もしリズがいなかったら、きっと世界はもっと大変だったはず……ていうか詰んでたかも。
「大魔王になる人は、みんなリズみたいなことができるの?」
「いや、そんなことはないぞ。というかな……歴代大魔王どころか、記録に残る全魔族の中でもこのような力を持っていた者は一人もおらんっ! 正真正銘、この大魔王リズリセ・ウル・ティオー様だけが持つ力なのだっ!」
「そうなんだ」
「とはいえ、さっきも話したが限界もある……。行方不明のパパ様やママ様を見つけ出すことも出来んし、今のような訳の分からん状況を打開することも出来ん。なんとも上手くいかないものだな……」
「うん……。でも本当に、ここはどこなんだろう?」
リズから手渡されたタオルで頭を拭いた俺は、そのままもう一度青い水平線に目を向けた。
さっき……。
俺がこの海で水泳EXを使った時……。
ここの水は、確かに俺に力を貸してくれた。
いつもと同じ。まるで水が俺の友達になってくれたみたいな感じ。
けど……俺がどんなに聞いてみても、この海は本当に何も知らなかったんだ。
パライソなんて街は知らない。
水の中を泳ぐ沢山の魚や、動物も知らない。
ここに広がっている海……というか水は、自分達と自分達を包む空、そしてこの島しか知らない。そういう感じだった……。
「それについてはまだ何も分からん……。だが私の読みでは、私達の船を襲ったあの凄まじい嵐……あれが何か関係しているのではないかと思っているのだ」
「雷がピカピカしてて怖かった」
「そもそも、もしあの大洪水クラスの災害が再び世界を襲ったと考えても、海の魚まで全て消え去るなどありえんだろうっ!? ひとまずはここでの生活基盤を確保し、それが終わったら本格的に調査開始といこうではないかっ! 頼りにしているぞ、カノア!」
「わかった。頑張るよ」
リズの言葉に頷いて、俺はもう一度だけ海を見る。
こうしてる分には、いつもの海と一緒に見えるのに……そこから伝わってくる力はまるで違う……。
もしかしたら、結構大変な状況なのかもしれない。
でも、もしそうだとしても……皆が酷い事にならないように。
俺は自分でも気付かない内に、少し汗ばんだ手の平をぎゅって握りしめていた――。
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