勝負の行方


「私と会った頃のラキは……まるで昔の私みたいだった。研ぎ澄まされたナイフみたいな……誰にも心を許してないような、そんな感じだった……」


「うむむ……。確かに、いくら私が姉代わりになっていたとはいえ、パパ様がいなくなった後の魔王城はそれはそれはピリピリしていたからな……。ラキも次期四天王として、厳しく鍛えられていたのだ……」


「そうだったんだ……」


 今も目の前で続くラキとお兄さんの水泳勝負。

 それをじっと見つめるリリーは、色んな気持ちがぶわああって溢れるみたいにして、色んなことを話してくれた。


「気付いたら、いつのまにかラキと色んなことを話すようになってた……。最初はほんの好奇心で、むしろ私の方がラキの話を聞いてやるかって思ってたんだけど……」


「ラキはマジで凄いから……」


「本当にそうなんだよ……! アイツはいっつも色んなことを考えて、リズのことも、私のことも、なんでも一人でやっちゃうんだ……! だから私も今のままじゃいけないって……。私もラキを助けてやれるようになりたいって、今もずっと思ってたんだ……っ! なのに――」


『さあさあさあ! いよいよ勇者アールリッツとオルアクアの勝負もクライマックスに入ります! 間もなくこの場所からも二人の上げる激しい水しぶきが見えてくるか――!?』


 大きな画面から海の方に視線を移してハルさんが叫ぶ。

 俺もその声で海の方を見たけど、確かになにかがこっちに向かってきてるのが見えた。 


「そう自分を責めるなリリーよ……。誰にだって、頭で片付けられないことの一つや二つあるものだ! そしてだからこそ、ラキだってこうしてお前のために頑張っているのだぞっ!」


「リズ……」


「魔族である私もラキも、世界中の人間共も……リリーがどれだけ皆の為に懸命に頑張ってきたかは良く知っている……! 少しくらい兄妹仲がぎくしゃくしたからといって気に病むことはない! いつまでも立ち止まって思い悩むなど、ちっともお前らしくないのだっ!」


「…………そうだなっ! リズの言う通りだっ!」


 良かった……。

 見た感じ、色々話してリリーもいつもみたいに元気になってきたみたい。


 やっぱりリズもさすがだった。


 もし俺だったら、リズみたいに昔からの友達だったとしても、きっとリリーをどう励ましたらいいかなんて分からなかったと思う。


 リズもリリーも、凄くいい友達同士なんだな。


「うむっ! ならばリリーよ! なによりもまずはお前の〝出来過ぎた恋人〟を迎えてやるのだ! 案ずることはない……ラキは勝つと言ったら〝必ず勝つ男〟だっ!」


「へへっ……! そんなもん、私だって良く知ってるさっ!」


「ラキ……!」


『さあ来ました! 来ましたよ皆さんっっ! 殿堂入り勇者アールリッツと四天王のラキが操るオルアクアが、凄まじい猛スピードでこの場所に戻ってきました! ドローンからの映像では勇者アールリッツが数メートルほどオルアクアに先行しているか!? 生身でありながら巨大なドールを引き離すこの速さ……! 殿堂入り勇者は伊達じゃないいいいっ!』 


 もうさっきみたいにうっすらとじゃない。

 俺達が立ってる場所からも、二人の爆発みたいな水しぶきがはっきり見えた。


 オルアクアは背中から凄い勢いで炎の渦を噴き出してる。

 けどそれでもお兄さんの方が速い。


 お兄さんの姿は水しぶきでよく見えなかったけど、眩しいくらいの光がぱああああって水の中から溢れてて、どこにいるのかは一発で分かった。


「くっ……! 流石は我ら魔族を散々に苦しめた勇者アールリッツ……! 水上高機動パック装備のオルアクアは海面を時速数百キロで移動できるのだぞ……!? まさか、水泳EXも無しに生身でそれを越えるとは……!」


「マジでヤバすぎる……」


「ラキ……っ!」


 大きな画面には、上から二人を見た映像が今も流れてる。

 オルアクアとお兄さんの距離は縮まない。


 そしてそのまま、二人の上げる大きな水しぶきが海から引き込まれたアクアキングダムの海水浴場に突っ込んでくる。


 駄目なのかな。


 ラキはあんなに頑張ってるのに。

 リリーだって、ここでラキのことを信じて待ってるのに。


 やっぱり――。


「アハハハハハッ! よく頑張ったけど、やはり勝つのはこの私だったようだね! でも、こうして最後まで諦めずに戦った君のその姿は――」


『まだですっ! 僕は……! 僕とオルアクアは――ここからですッッ!』


『了解。緊急脱出装置、作動。ご武運を――ラキ・ミリラニ』


「なんだって――っ!?」


 それは、本当に一瞬の出来事だった。

 

 その光景が俺にも見えたのは、多分意識しないうちにアクアリングを使ってたからだと思う。


 もう本当にあと少しでゴールにつくっていうその時。

 いきなりオルアクアの体がバン!って弾けた。


 そしてそこから、しっかり足を抱えて丸いボールみたいになったラキが、凄いスピードでゴールめがけて飛び出してきた。


 そして――。


『あ、あああああああああ!? ま、まさかこれは……!? 先にゴールしたのはラキ……魔族四天王のラキ・ミリラニ!?』


「ラキっ!」


 瞬間。俺は目の前の海めがけて飛び込んだ。


 銃の弾みたいに飛び出したラキは、確かにお兄さんより先にゴールした。

 だけどあまりにも勢いが強すぎて、そのままじゃ確実に地面に激突しちゃう。


 助けなきゃ。

 絶対に、ラキに怪我をさせちゃいけない――!


 そう思って。


 ラキを助けようと思って、俺はすぐに水泳EXを発動した。

 だけど――。


「へへ……! ほんっとーに無茶ばっかりする奴だな、お前は……っ!」


「ふふ……いくら僕でも、リリーがいるって分かってなければこんなことしませんよ」


「な……なんと!?」


「あれ……?」


 けど、俺が何かする必要なんてなかったみたい。


 だって……吹っ飛ばされたラキのことは、誰よりも先に動いてたリリーがちゃんと受け止めてくれてたから……。


「き、決まったああああああああっ! 確かに決まりましたっ! アクアキングダム開演記念イベント、勇者アールリッツと魔族四天王のラキによる水泳対決は、ラキ・ミリラニの勝利――ッ!」


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