二人の幸せ


『さあさあ! 突然始まった殿堂入り勇者アールリッツ・ロニ・クゥと、魔族四天王ラキ・ミリラニによる真昼の決闘! 僭越ながら実況はこの私! 今日も元気な冒険者ギルド受付のハル・ヨルネットが務めさせて頂きます! パチパチパチー!』


「なんか凄い騒ぎになっちゃったな」


「うぬぬぬ……! おのれアールリッツめ……! せっかくのカノアとのデートを邪魔しおってからに……!」


「マジでごめんな……。こうなった兄貴は昔っから周りが見えてないんだよ。それのせいで私もどれだけ恥ずかしい思いをしてきたか……」


「大変そうだ」


 勇者さんがラキに戦いを申し込んでからすぐ。


 どこがどうなったのかは分からないけど、いつのまにかやってきたハルさんや見物人に囲まれた俺達は、アクアキングダムの一番端っこにある、海と直接繋がってる大きな海水浴場に立ってた。


 っていうか、本当にハルさんはどこにでも出てくるな……。


「フフフ……! そちらの準備は出来たかい?」


「うごっ!? き、貴様……なんだその格好は!?」


「うわ。凄い格好……」


 その時、俺達のところに金色の水着一枚だけを着た勇者さんがやってくる。

 バッキバキの体に金色のパンツが凄い似合ってる……んだけど、正直言うと結構キモかった。


「なにって……今から行われる私とラキ君の戦いに備えた〝正装〟じゃないか。勇者である私と四天王のラキ君。二人が武力で戦うのは、大魔王の言う通り今の世の中に良い影響を与えない……。だからこそ私は、ラキ君にこうして〝水泳〟で勝負を挑んだんだからね……!」


「それにしたってもうちょっとマシな格好があっただろ!?」


「そ、そうなのだっ! それでは露出狂一歩手前ではないか!? は、恥を知れ恥をっ!」


「フフ……。私は愛しい妹のためならどんな姿にだってなれるのさ……!」


「ヤバすぎる」


 その勇者さんの格好に、俺もリズもリリーも一斉にドン引きした。

 本当にドン引きした。しかもなぜかパンツだけ凄い光ってるし。


「ただ、せっかくのデートを邪魔されたという大魔王の言い分はもっともだ。私が見たところ、大魔王とカノア君の恋愛フラグは〝半分以上建築済み〟……。どうやら、後は〝フラグイベント〟の発生を待つばかりといった感じのようだね……?」


「な、なんだと……っ!? 私とカノアの恋愛フラグは、既にそこまで……!?」


「フラグ?」


「ごめんね、この埋め合わせは必ずさせて貰うよ。それに心配しなくても、私だって君達四人の仲を公にするつもりはないんだ。あくまでこの戦いは私とラキ君のリリーを賭けた戦いだからね」


「っざけんな……っ! そういう意味じゃないんだよクソ兄貴……! いつもいつも……私が傍にいて欲しい時にはいない癖に、こういう時にはしゃしゃり出てきやがって……っ!」


「フフ……全ては君のためさリリー。それに、もう一人の当事者であるラキ君は、この戦いから逃げる気はさらさら無さそうだよ?」


 勇者さんが空を見上げる。


 そこにはどこまでも広がる青い空と、ところどこに見える白い雲。

 そしてその間を縫って、点みたいな影が凄いスピードでこっちに近づいてきた。


『お待たせしました皆さん。オルアクアを水上高機動パックに換装してきました』


『あーーっとご覧下さい皆様! この場で勇者アールリッツと水泳で対戦する魔族四天王ラキ・ミリラニと、その愛機オルアクアがたった今到着しましたーー!』


「ラキっ!」


「うわ、オルアクアできた」


「アハハハハッ! さすがは魔族四天王! この私を相手に、逃げずにやってきたことを褒めてあげるよ! その勇気に免じて、僅かな未練も残らないよう完膚なきまでに叩き潰してあげようじゃないかっ! アハハハハハッ!」


「オルアクアはスルーなんだ……」


「当然だな……! もとより、単純な身体能力でアールリッツに勝る者がいるとしたら、〝聖女〟であるリリーか……もしくは〝水泳EX発動中〟のカノア! 私にもこの二人くらいしか思い浮かばんっ! 私の読みでは、いかにオルアクアに乗ったラキといえども勝機は限りなく薄い……っ!」


「なにそれヤバすぎる……」


 俺達のすぐ前の海の上に、ぶわああって小さな波を立てて浮かぶオルアクア。

 するとオルアクアの胸と首がウィーンって開いて、かっこいいパイロットの服にヘルメットまでつけたラキが顔を出した。


「僕とオルアクアの準備は出来ています。いつでもどうぞ!」


「フフ……! いいのかいラキ君? 私が見たところ、君とリリ-の恋愛フラグはもう〝全てが構築済み〟……これほどまでに深い仲になったというのに、本当に負けた時にはリリーのことを諦められるのかな?」


「なんでこんなことになってるんだよ……!? 兄貴に付き合って勝負なんてする必要ないだろ!? なんなら、今すぐ私がこのクソ兄貴をぶちのめしてやったっていいんだ! っていうか、もうそうしようぜっ!」


「……いいえ、僕はこの勝負から逃げません」


 そのラキの声。

 俺はその声を聞いて、ちょっと背筋がぞくっとした。


 かっこよかった。

 俺よりずっと年下だなんて思えないくらい、本当にかっこよかったんだ。


 ラキはヘルメットの奥からまっすぐにリリーだけを見つめて、俺が聞いても色んな気持ちが込められてるのが分かる声でそう言った。


「僕はリリーを心から愛しています。そしてだからこそ……アールリッツ様のリリーへの想いを軽々と踏みにじることもしません」


「へぇ……?」


「それに……僕はリリーと一緒に手に入れる幸せを一つだって諦めるつもりはありません。そしてその沢山の幸せの中には……〝リリーとお兄様の関係〟だって含まれているんですっ!」


「ら、ラキ……。お前……っ!」


 ラキは最後にそう言うと、リリーに向かって安心させるように笑った。

 そしてグって親指を立てながら、またオルアクアの中に入っていった。


『そういことですので、僕は逃げも隠れもしません! ただし、僕が勝った場合はアールリッツ様にも約束を守って頂きますっ!』


「もちろんさ。その時はもう君とリリーの仲を邪魔することはしない。そして……しばらくの間勇者としての活動を控え、〝リリーの傍にいること〟……だったね」


『約束ですよ……!』


「勇者に二言はない」


『ああーっと! どうやら両者準備が出来たようです! それではただ今より、殿堂入り勇者アールリッツと、魔族四天王筆頭、塵殺のラキの変則水泳勝負を――!』


 オルアクアの背中側の景色がぐにゃって歪む。

 オルアクアからキーンっていう高い音が響いて、機体の周りの空気がぐわあって押し出される。


 そこから少し離れた場所で静かに飛び込みの姿勢を取る勇者さん。

 でもその勇者さんのいる周りの景色も、なんにもないのにぐにゃあって渦巻きみたいに歪んでた。


 それを見た俺は、自分でも気付かないうちに何度も何度もラキ頑張れ……って、必死に応援してたんだ。


 そして――。


『――始めますっ!』


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