本当のピンチ


『な、なんじゃと……!? 馬鹿な……どこから……!?』


『博士っ!?』


「ヘドロメール!?」


 一瞬だった。

 いきなり黒い海から出てきた紫色の光。


 それは、ラキの乗ったオルアクアに抱えられていたお爺ちゃんのドールを完璧に撃ち抜いていた。


 お爺ちゃんの乗る黒いドールから、バチバチ火花が上がる。

 リズは叫びながらすぐに〝何かをやった〟みたいだったけど、でも――。


『さっさと離れんか小僧ッ! 貴様の役目は……リズリセを守ることじゃろう――!』


『博士――っ!?』


 最後。

 お爺ちゃんのドールは動けないはずの腕で、オルアクアを突き飛ばした。


 次の瞬間。吹っ飛ばされたオルアクアと、見上げる俺達の頭の上。

 撃ち抜かれたお爺ちゃんのドールは、真っ赤な火の玉みたいになって爆発した。


 そしてその爆発の明りに照らされて、海の中から大きくて白い〝十字型のなんか〟が浮かんできた。


 その十字型のなんかは体の部分に沢山のキラキラした宝石みたいなのがついていて、良く見ると周りには小さな丸い目みたいなのも沢山浮かんでる。はっきり言って超キモイ。


「っ……! ヘドロ……メール……ッ!」


「チッ……! なんなんだよこいつは……!? リズは知らないのか!?」


「私にもさっぱり分からん……! こいつからは一切の魔力を感じぬ! しかし我ら魔族の技術とも完全に異なっている! このような存在、私にも覚えは……。いや……まさか……」


 その場にいる皆がその十字型の怪物を見て驚いてた。でも俺は、そんな時でもさっきのお爺ちゃんの光景がショックで、頭も体も上手く動かなかった。


 けど海の上に出てきた怪物はそんなのお構いなしで、キーーンっていう耳に刺さる音を出した後、またさっきの光を今度は船めがけて撃ってきたんだ。


「ハッ! いい度胸だ。そっちがその気なら――!」


「――我が力、見せてくれるッ!」


 でもその瞬間。リリーの目の前にはいきなり大きなハンマーが。

 そしてリズの目の前には、サメ島で見たのと似たような盾が八枚一気に出てきた。


 それは怪物の光と正面から激突して、バチバチ火花をまき散らしながら消えた。


「やれるのかリズ!? お前の力はまだ回復してないんだろ!?」


「心配など無用だ……! たとえ万全ではなかろうと、ヘドロメールの……〝我が同胞〟の仇は取らせて貰う……!」


 俺のすぐ横で、リズとリリーを中心にして凄い風が渦を巻いた。

 俺は吹き飛ばされないように、気絶した皇帝さんを抱きかかえて踏ん張る。


「カノア、一つ頼めるか!?」


「な、何を?」


「私達はこの場であの化け物をなんとかする……! カノアはこの船と乗っている者達を、パライソまで逃がしてやって欲しいのだ!」


「わ……わかった」


「タナカ! オディウム! ナイン! 四天王は私に続け! ヘドロメールの仇……この場で討つぞッ!」


「承知ッ!」


「クソがッ! ヘドロメールの野郎……最後までいけすかないジジイだったぜ!」


「はいっ! リズ様っ!」


 リズは俺をまっすぐに見て頷いてからふわって浮かぶと、夜の空に沢山の板をずらって並べて、自分はクルクル回る羽根のついた台の上に乗って、皆と一緒に怪物めがけて飛んでいってしまった。


 もっと上を見れば、さっきお爺ちゃんに弾かれたラキのオルアクアも青い火を出して空を飛んでた。


 でも俺は……。


 ああ、ダメだ。

 考えちゃダメだ。


 手が震えてて、足も震えてる。

 さっきは皆が教えてくれてたから、自分でもびっくりするほど平気だった。


 けど今は違う。


 悪そうなことを言ってたけど、でもなんだか悪そうじゃなかったお爺ちゃん。


 本当に、死んじゃったのか……?

 本当に、あれで……?

 あんなので、あんなに元気だったのに……?


 そして、きっとそれは俺も同じなんだ。

 リズだって、ラキだって、皆だってそうだ。


 死ぬときは、終わるときはみんなあんな風で。

 お別れだって言えないで、いきなり消えちゃう。


 ここにいたらヤバイ。

 あの怪物から逃げないと、みんな……。

 

 怖かった。

 そう思うと、体が動かなかった。


 リズの役に立ちたいのに。

 リズから頼まれた、皆を助けないといけないのに。


 今まで生きてきて、こんなこと一度もなかった。

 大洪水の時だって、こんな風になったりしなかったのに。


 どうして動けないんだ……!?

 なんで……っ!?



〝――それは、貴方に沢山の大切な人が出来たから。貴方が、皆のことを本当に大切だと思うようになったから――〟



 え……?

 

 その時、突然声が聞こえた。


 誰……?


 聞いたことがある。

 俺は、絶対にこの声の人を知ってるのに……。



〝大丈夫……貴方はもう、今よりもずっと深い絶望をその手で拭ったじゃないですか。出来ますよ……自分で気付いていないだけで、貴方は今までもずっとそうして生きてきたんです〟



 その声に押されるように、俺は気絶した皇帝さんを安全そうな場所に座らせる。

 周りを見れば、今だって沢山の人が怖がって泣いたり、叫んだりしてた。


 俺はその中をまた駆け抜けて、さっきみたいに必死に海に……水の中に向かった。


 水の中に。

 海の中に。


〝戻らなくちゃ〟


 皆を助ける。

〝お爺ちゃん〟だって助ける。


 嫌なんだ。


 俺は殴られたりするのが嫌だ。

 痛いのも嫌だ。

 馬鹿にされるのだって、本当は辛いんだ。

 

 出来るなら皆と楽しく……ずっと楽しく暮らしていたい。


 だから……。

 皆にも、そうして欲しいって思っていたから――!

 

 飛び込む。


 水の中に。

 俺の場所に。


 今ここで、俺に出来ることをするために。

 ここにいる誰も、辛い目に遭って欲しくなかったから。


 そして――。



〝ありがとうカノアさん。かなりギリギリでしたけど……最後の人が貴方で本当に良かった――〟



 ――水泳EX――



 優しく励ましてくれる声を遠くに聞きながら、俺は青く光る海の中で目を開けた――。

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