それでいいから


『――ではでは! ご歓談も半ばではありますが、ここで一足先に式典最後のお言葉を聖女リリーアルカ・ロニ・クゥ様と、大魔王リズリセ・ウル・ティオー様のお二人にお願いします! どうぞ皆々様におかれましては、暫しお二人のお言葉にお耳を傾け下さいますようっ!』


『あーあー! 聞こえるか? よし……こんなクソ長いパーティーに最後まで付き合ってくれてありがとな! ここにいる奴らだけじゃなくて、様子を見てる他の街の奴らもだ!』


『クックック……! どんな盛大な祭りにも終わりは訪れるもの……! 魔と人の代表たる我ら二人から、改めてこの復興式典に集い、人と魔の友好と全ての命の存続を願う者達にまずは感謝を述べたい! ありがとうっ!』


 二人の登場と同時に、一斉に船全体から沢山の拍手と声が上がった。

 大きくパライソの周りの海を回ったこの船も、今はパライソの港に向かって戻ってる。


 隅っこの方で隠れてる俺が船の前の方を見ると、そこには水平線ギリギリにロウソクの火みたいになって光るパライソの街が見える。


 パライソのすぐ上にはオレンジ色の丸いお月様。

 前にリズと一緒にサメ島から帰ってきたときも、こんな景色を見た気がする。


『あの大洪水の日……確かに私達の命は助かった。しかし多くの者が住み慣れた土地を追われ、慣れない集団生活や激変した環境に苦しんでいる者は多いはずだ。中には、こんな目に遭うならば死んだ方がマシだったと言う者もいるかもしれん……』


『けどな……! こんな時だからこそ私達には生き残った皆の力が必要なんだ! ケンカしてもいい、文句を言ってくれたって構わない……。けど今だけは、ほんの少しだけ皆の力を貸してくれ! 私も大魔王も、また皆が笑って暮らせるように頑張るからさ!』


『『ワーー! ワーー!』』


 凄いな……。

 リズも、リリーも。


 俺より年下なのに、あんなに沢山の偉い人の前で堂々と話して。

 本当にすごい……。


 キラキラ光るステージの上で、立派に話す二人を見て、俺はぼんやりそんなことを考える。そして……。



〝カノアみたいなのが一緒にいるようになって、本当によかったなって思ってるんだ〟



 そうなのかな……。

 本当に……俺みたいなのがリズの役に立てるのか?


 リズはあんなに立派で……俺は今までなにもしてなかった。

 ただ昼まで寝ていたいと思ってただけの、ダメな……。



〝誰がなんと言おうと、私にとって貴様はダメ人間などではないぞっ!〟

〝堂々と胸を張り……それを誇りにして生きろ!〟



 ――なんか、ちょっと嫌な方向に気持ちが行きそうになってたな。

 けど……俺は少し立ち止まって、それ以上考えるのを止めた。


 だって……もうリズは何度も俺に言ってくれたし。


 俺はこれでいいって。

 今のままでも、ダメ人間なんかじゃないって。


 今の俺でも、ずっと一緒にいて欲しいって言ってた……。


 なら、もうこんなことを考えるのは止めておこう……。

 考えそうになることがあったら、リズに言われたことを思い出そう……。


 俺がそんなことを言ったら、きっとリズは凄く嫌な気持ちになると思うから……。


『今日がそうだったみたいに、明日だって朝が来て夜が来る! 今がどんなに大変でも、私達はこの場所でまた始めなきゃいけないんだっ!』


『絶望の時はとうに過ぎ去った! 今より先は、皆で生きるために私も持てる全ての力を注ぐ! 魔族も、そうでない者も、皆困ったことがあればなんでも私達の元に相談しに来るが良いぞっ!』


 パチパチパチパチ。


 俺もステージの影から二人に拍手した。


 うんうん……。


 今の俺は前とは少し違う……。

 水泳EXもあるし、皆も助けてくれる。

 

 なら、俺はいつも通り無理のない範囲で……昼まで寝ててもいい感じで頑張ろう。

 多分……きっとそれでいいんだ。


『ホーーーーッホッホ! そうはさせんぞリズリセ……そして憎き聖女よッ! 今日は絶望の終わりではない……! 今こそ人と魔の最終決戦が始まる日となるのじゃあああああ!』


 けど、俺がそう思っていたとき。

 ステージの方で大きな声がした。


『あーーっと!? こ、これは一体どうしたことでしょう!? 突如として船の上に巨大な空飛ぶゴーレムが現れましたよっ!?』


『ヘドロメール……!? これは一体なんの真似だ!?』


 でも……俺にはそれが何なのか〝もう分かってる〟。

 だって、全部皆との打ち合わせ通りだったから。


 この声が聞こえてくるタイミングも。

 俺がどうすればいいのかも、全部皆と決めた通りだったから。

 

『うわー。あんなでっかいゴーレム初めて見たぞー。もうだめだー。私の聖女の力でも勝てっこないー』


『ぐぬぬぬっ! まさか、貴様が我が魔族の究極兵器を持ち出していたとは……! 貴様ほどの男が、悪魔に魂を売り渡したかっ!?』


『ヒョッヒョヒョ! なんとでも言いなされ大魔王様……! いやさリズリセよ! これぞ我輩が魔王城から密かに回収し、我が手足として改造した魔族究極の決戦用ドール! このドールを使い、ここにいる要人共を一人残らず引っ捕らえてくれようぞー!』


 俺はその声……邪悪博士のヘドロメールおじいちゃんの声を背に、大きな船の甲板を走り抜ける。


 驚いた皆の顔を横目に見ながら船の端っこまで来た俺は、そのまま迷わず月の光に照らされた真っ黒な海に向かって飛び込んだ――。



 ――水泳EX――



 視界が開ける。


 目を開いた俺の目の前に青く光る水がどこまでも広がって、船も、船の上も、パライソの街も、向かい合うリズと大きなドールも……何もかもが俺の中に飛び込んでくる。


 役に立つんだ……。

 リズや、他の皆から優しくして貰った分も。


 俺の力で――!


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