第五章
式典の幕間
「大丈夫ですか、カノアさん」
「しっかりするのだカノアよっ! 傷は浅いぞっ!」
「き、きつい……。かなり……」
あの暴風みたいな開会式から暫く後。
もうすぐしたら夕方で、きっと太陽の色も変わってくる。
あの後……俺は本当にとんでもないことになった。
会場にいる沢山の人全員と挨拶して、握手した。
リズ達が作った変な動画を見た人達は、俺のことをキラキラした目で見てた。
そういうのに慣れてない俺は、ただ黙って頷いたり呻いたりしてた。
中には何を喋ってるのかさっぱり分からない人もいたけど、そこはリズやラキが上手くフォローしてくれて乗り切った。
まあ……話したりするのは別に良かったんだ。
リズもラキも、ちょいちょいリリーも来てくれたし、俺は本当に何にも喋らなくて良かった。
そうしてるだけで、やってきた人の中には『本当に寡黙だ……』とか『背中で語る系男子かっこいい……』とか、よく分からないことを言って喜んでたから。
でも、そういうのとは別に俺はこれだけの人に囲まれたことがなかった。
だから完全に目を回しちゃって……今は控え室のソファーの上でダウンしてた。
「本当にすまなかった……。リリーも言っていたが、本来あのカノア伝説は式典後半の晩餐で披露する予定だったのだ。式典終了間際であれば、その後にカノアがこのように追い回されることも回避できたのだが……。全て私の責任だ……」
「いや……それは全然……」
「そうですよリズ様。まさかヘドロメールがあのタイミングで仕掛けてくるなんて、誰も予想していませんでした。僕達四天王も、あれほどの衆目の中では、表向き魔族の重鎮であるヘドロメールを強制退去させることもできませんでしたし……」
「違うのだ……。私が謝っているのは、あの場で私がヘドロメールの挑発に乗りかかってしまったことだ。あれだけカノアやリリーに計画通りにと言っておきながら、私が一番ダメダメとは……。本当に情けないのだ……」
リズはそう言って、椅子に座ったまましゅん……ってなった。
頭の立派なツノも一緒にヘナヘナになってしなびてる。かわいそう……。
「でも、リズは怒らなかった……。超えらい」
「そうですよ。もしここにリリー様がいたらきっと『まだそんなこと気にしてるのか?』って言っていたと思います。いつまでも気落ちせず、普段の自信に溢れたリズ様に戻って下さい」
「むむむ……わかった……! ありがとう、カノア、ラキ……!」
「うん」
良かった。
リズもリズの角も、いつも通りに戻ったみたいだ。
元気になったリズを見て俺がほっとしていると、リズは俺のおでこに乗ってる濡れたタオルを絞って交換してくれた。優しい。
「ところでカノアさん、〝アクアリング〟の調子はどうですか?」
「む……どうだろう。よくわからない」
「うむうむっ! そのアクアリングはこの私自らカノアのために設計開発したアイテムだからな! 違和感がないということは、ひとまず成功と見て良いだろうっ!」
「そうなのか」
ラキに尋ねられた俺は、左手の手首にくるって巻き付いた銀色の腕輪……というかゴムバンド……いや、なんなんだろうこれ?
とにかく、そのアクアリングって言うアイテムは、少しだけ透明なゴムみたいな腕輪の中に、ぼんやり光る水が流れてた。
「これってどうすれば使えるんだっけ?」
「何もせんで良いッ! ただ身につけているだけで、既にカノアは陸上でもほんの僅かだが水泳EXの力を引き出せるようになっているのだ! 無論、本当の水の中のような無双は不可能だがな!」
「アクアリングの効果としては、身体能力の上昇や五感の鋭敏化が挙げられます。緊急時にはリングそのものを破壊することで、リングの中に封入された大量の水が解放され、一瞬ではありますが辺り一帯を水中と同じ条件にすることも可能です」
「ありがとう。それはまだ覚えてる。危なくなったら壊せって」
「そうだぞ! 万全を期しているとは言え、今回の式典ではなにが起こるか分からん。いざとなったら躊躇せずに使うのだ。そのような道具とは違い、カノアに代わりはいないのだからな……っ!」
「うん……わかった」
俺のことをいっつも心配してくれるリズに、これ以上迷惑はかけたくない。
心配もさせたくない……。
リズが俺のために作ってくれたのなら、俺もちゃんとこのアクアリングでどういうことが出来るのか、確認しておいた方が良かったかな。
俺はリズに頷きながら、ちょっとだけ腕に巻き付いたそれに集中してみる。
そうしたら、確かに腕輪の中で水がグルグル回ってるのが分かった。
冷たくて、落ち着く……。
コポコポした泡の音と、キーーンっていう高い音が段々静かになって、雑音が消えていく。
いいなこれ。
なんか本当に水の中にいる時みたいな――。
『――なぜあの場でああも易々と引き下がった!? この老いぼれが……あのようなまやかし、いくらでも言いがかりはつけられただろうがッ!?』
『ホッホーーッ! 黙らっしゃい脳筋皇帝! 我輩は魔族一の頭脳を持つと言われた邪悪博士ヘドロメールじゃぞ!? あのドキュメンタリーがどれだけのスタッフによる〝汗と情熱の結晶〟であるかは一目見れば分かる……! 無論、CGか現実かの区別もだ! それすらも分からぬとは、やはり貴様はとんだ無能者よッ!』
あれ……?
おかしいな。
変な声が聞こえる。
水泳EXが発動してると凄く遠くの声も聞こえるんだけど……。
この腕輪もそうなのかな……?
『グヌッ! おのれヘドロメール……! あのような小娘共にいいようにやられ、よくそのような言葉を吐けるものだなッ!? やはり魔族は信用ならん!』
『ホッホ……! なんとでも言うがいい! クーデター成功の暁には、改めて貴様とも雌雄を決してくれるわ! グェンオッズ!』
むぅ……。
なんかこれって……。
もしかして……聞いちゃいけない系の話だったかな……。
でもまあいいか。
もしかしたら、リズの役に立てるかもしれないぞ。
俺は突然聞こえてきたヤバげな声に意識を向けると、そのままもうちょっと良く聞こえないかなって、腕輪を流れる水の感覚に集中していった――。
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