一人の意味
『認証コード確認――お帰りなさいませ、大魔王様』
『上手くいったようですね。入りましょう、カノアさん』
「おっけー」
暗い海の底に沈んでいた大魔王のお城。
俺とオルアクアに乗ったラキは横倒しになったお城に上から降りるようにして入っていった。
大洪水の時は雨でよく見えなかったけど、リズ達が住んでいたお城は俺達が考えるお城とは結構違う見た目だった。
つるっとしてて、灰色で、とにかく角ばってる。
沢山の壁と石の箱と、透明なガラスがいくつも組み合わさって出来てるような、そういう建物だった。
『排水システムが生きてる……? カノアさん、この先の宝物庫への道は〝水没していない〟ようです。空気中の汚染状況を確認するので、待機して下さい』
「こんな海の底に沈んでるのに、まだ水がない場所があるのか。すごい」
幾つかの大きな扉を抜けた先。
俺の横をゆっくりと進んでいたオルアクアが、大きな手で俺を泳ぎを止めた。
確かに……そう言われると正面の上の方からオレンジ色の光が水の中に射し込んでるのが見えるな……。
『いえ、恐らく一度は浸水したはずです。魔王城には自己修復機能がありますから……自力で本来の環境を取り戻そうとしてるんだと思います』
「もっとすごいんだけど」
『それで、どうしますかカノアさん? リズ様から話は聞いています。カノアさんは水中では無敵でも、陸上では普通の人間と変わらないと』
「うん」
『貴方の得意な水中は〝ここで終わり〟です。先に進めば大怪我をしたり、最悪死ぬこともあるかもしれません。そうなったら僕も手間ですし、貴方はここで僕が戻ってくるのを待ってても良いんですよ。 ――酸素濃度と汚染度のチェックが完了しました。生身での活動そのものは問題無さそうです』
「むぅ……。そうか、なるほど……」
『どうするかは貴方にお任せします。別に貴方がいなくても、僕とオルアクアなら問題なく食材を回収できますから』
ラキはそう言うと、オルアクアを前に進めて光の射し込む大きな通路から水の上に上がった。
どうしようかな……。
ラキの言う通り、俺って水の中じゃないと特に出来ることってないんだよな……。
むしろ、俺みたいなのがいたらラキの邪魔になるかも……。
うーん……。
うーん……。
うーん……。
そうだな……。
やっぱり――。
『――ついてくるんですか』
「うん。もしなにかしちゃったらごめん」
『今の貴方が役に立つとは思えませんけど……お任せすると言ったのは僕です。行きましょう』
「ありがとう。頑張る……」
ついてきてしまった……。
なんでだろう。
どうしてついていったのか、自分でもよく分からない。
前の俺なら、ただぼーっと待ってたと思う。
けど、前のサメ島の時もそうだった。
水泳EXが使えないんじゃ、本当になんの役にも立たないかもしれないけど……。
でももしかしたら……役に立てるかもしれないし……。
〝誰がなんと言おうと、私にとって貴様はダメ人間などではないぞっ!〟
そうなのかな……。
……そうだったらいいな。
自分でもよく分からないまま……俺は前にリズに言われたその言葉を、ぼんやりと思い出していた――。
――――――
――――
――
『……カノアさんのこと、見誤っていたかもしれません』
「……?」
水から上がって十五分くらい。
傾いた通路を進むオルアクアは、俺に合わせて〝ゆっくり〟歩いてくれた。
つるつるの通路はとっても綺麗で、一度水没したなんて全然思えなかった。
『最初、リズ様から僕達を助けたのが〝人間かもしれない〟と聞いた時は、この僕でも到底信じられませんでした。リズ様はああ見えて素直すぎる所があるので……。きっと夢でも見たのだろうと、誰もリズ様の言葉を本気にはしませんでした』
「え……」
『そうしたら、ある日リズ様は僕達の所に戻ってくるなり大はしゃぎで言ったんです。〝ついに命の恩人を見つけたぞ!〟って……。ちょっと変わってるけど、とっても優しい良い奴だったって……。本当に、嬉しそうでした』
「リズが……」
その話に、リズと初めて会った時のことを思い出す。
確かに、あの時のリズは俺の家で〝一人で〟待ってた。
あれは、そういうことだったのか……。
大きくて広い通路には、オルアクアが歩くガシャンガシャンっていう音しかしなかった。静かな通路を歩きながら、俺は耳につけた機械から聞こえてくるラキの言葉にちゃんと意識を向けようとした。
『僕はまだ貴方のことを何も知りませんし、リズ様のように素直に貴方を信じきることも出来ません。けど……貴方が本気でリズ様の力になろうとしていることは分かりました。そこついては……〝僕も同じ〟ですから』
「…………」
むぅ……。
なんか……こう。
なんなんだろうな……。
俺は今度こそ、本当に今まで感じたことのない気持ちになった。
うまく言葉にできない。
嬉しいのか、苦しいのかも分からなかった。
でも……あの時のリズの嬉しそうな笑顔だけは、はっきり思い出せた。
『ただ、それなら尚更無茶なことはしないでくださいね。もし貴方に何かあれば……リズ様はきっと泣くでしょうから……』
「……わかった」
ラキにそう言われた俺は、前を向いたまま頷いた。
そして……〝それ〟はすごく嫌だなって、心の中で思った――。
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