沈む魔王城


『アーアー……聞こえるか二人とも?』


『はい、リズ様』


「聞こえてる」


 目の前に広がる深い青。

 小さな泡や粒が上に向かって流れていく。


 あの洪水から一ヶ月以上経ったけど、それでも水泳EXを発動した俺の視界には、水の中にぷかぷか浮かぶ結構な数の残骸やゴミが見えていた。


『うむうむ! 魔王城はそのまままっすぐ下……水深700メートルの辺りに沈んでいるはずだ。カノアは分かるか?』


「ん……なんとなく分かる。ずっと下の方で、なんか大きな建物が横倒しになってるな」


『オルアクアの亜空間ソナーにも映りました。カノアさんの言う通り、西門側を下にして沈んでいます。でもそれ以外に大きな崩落や破損部分は見られません』


『りょーかいだ! ならば、上側になっている東門から城内へと入るのだ! そのまま階下の宝物庫までは問題なく辿り着けるであろう!』


「わかった」


 耳につけた機械から元気なリズの声や、落ち着いたラキの声が聞こえてくる。

 リズは今もパライソの俺の家にいて、そこから指示をしてくれてるらしい。


 リズが残った理由は怖いから。


 海の上ならまだ浮き輪とビート板でなんとかなるけど……深海はそういうのとは話のレベルが違ってくるもんな。


 そんなことを考えてる間に、辺りの海は深い青から真っ暗に変わる。

 さっきも言ったけど、水泳EXを使ってれば俺は周りが見える。


 かざした俺の手の平も。

 俺と一緒にどんどん沈んでいく大きな〝ゴーレム〟も。


「ゴーレムって初めて見た。すごい」


『……凄いということなら、それは僕の台詞ですよ。既にリズ様から何度も聞いていましたけど、まさか本当に水中でなんの装備も身につけずにここまで活動出来る人間がいるなんて……。その力がリズ様や僕達魔族をあの洪水から救ってくれた、水泳EXなんですね……』


「俺もびっくりしてる」


 ゆっくり沈んでいくゴーレムの十字型の目が俺の方を向いて青く光る。

 耳につけた機械からは、一緒にラキの声も聞こえてきた。


『でも……例え貴方が僕達の命の恩人だとしても、これだけは言わせて貰います……っ! 僕の〝オルアクア〟をゴーレムなんていう古代技術と一緒にしないで下さい。僕のオルアクアは、貴方たち人間の使う原始的な泥人形とは次元の違う技術で作られた、直接搭乗型の〝ドール〟です。今度オルアクアをゴーレム呼ばわりしたら殺します』


「ひえっ。ごめんなさい……」


『許します……でも、二度目はありませんよ』


 あわわ。怖かった。

 

 俺の横を一緒に沈む大きなゴーレ……じゃなくて、ドール……?

 とにかくその大きな機械の人形の中にはラキが乗ってる。


 ちょっとずんぐりむっくりした感じの濃い紺色の体に、樽みたいな頭。

 頭には十字型のくぼみがあって、そこを青く光る目みたいなのが動いてる。

 背中には二つの柱みたいなのを背負ってて、たまにそこが回転して体の向きを整えたりしてた。


 大きさは……普通の家の二階くらいの高さかな。

 丸っこい形のせいで、大きさの割にあんまり怖い感じはしなかった。


「それはラキの物なの?」


『え? もしかして聞きたいですか? それなら仕方ありませんね――』


「あ」


 しまった。

 というか……うん。


 このほんの少しの会話の流れで、俺は珍しく次にどうなるか予想できた。


『――このオルアクアは、リズ様が僕のために作ってくれた僕だけの専用機です。水中は勿論、オプションパックの変更で湿地や砂漠、寒冷地での活動も可能な汎用性が特徴で、フライングユニットを装備すれば空中戦にも対応可能です。今回は深海探査が任務なので銃火器は最小限に留め、回収用コンテナと耐水圧シールド発生装置を装備してますから見た目が若干大きくなっているかも知れません。ちなみに、僕専用なので僕しか乗れませんし操縦出来ません。まあ最初から僕以外の人を乗せる気なんてさらさらありませんけどね。頼んでも駄目ですよ絶対に駄目です。でももしリズ様がオルアクアに乗りたいと仰ったら僕は喜んでオルアクアのシートをリズ様にお返しします』


「あ、はい」


 な、なるほど……。


 きっとラキにとっては、リズと同じくらいこの大きな人形が大事なんだな。ラキはそういうとき凄く早口になるみたいだから俺でも分かるぞ……。


『ラキには何度ももっと強いドールを作ってやると言っているのだが、ラキは全然聞いてくれないのだ……。私がオルアクアを作ったのはラキがまだ四歳の頃なのだぞ? 今の私ならば、魔力と素材さえあればより強力なドールを作れるというのにっ!』


『申し訳ありませんリズ様……。いかにリズ様の頼みでも、それだけは聞けません。僕にとって……このオルアクアは本当に大切な存在なんです』


「わかる。俺も子供の頃から使ってるタオルとか今も大事に使ってる。黄色いクマさんが描いてあるやつ」


『むむん……まあ、私も自分の作った物をそうやって大切にされるのは嬉しいのだがな。っと――そろそろか?』

 

 そんな話をしながらのんびり海底に向かって降りていると、水泳EXでパワーアップした俺の視界に大きな影が飛び込んでくる。


『リズ様、魔王城を確認しました。周辺領域の魔力反応は〝高レベル〟……リズ様の予想通り、魔王城のメインシステムは稼働し続けています』


『やはりな……。ならば、ここから先はお互いの〝通信は不可能〟になるか……』


「なんだっけ……お城の周りだと色々と邪魔されるんだっけ」


『そうです。恐らく水没の衝撃を外敵の侵入と受け取った魔王城のメインシステムが、緊急防衛モードを発動してしまっているのだと……』


『すでに必要なデータや、城内通過時に使用する私の認証コードはオルアクアに転送してあるが……とにかく絶対に無理だけはするなよ! 前回の〝サメ猫〟のこともある……何かあれば食材など投げ捨ててすぐに戻ってくるのだ! よいな!?』


「そうする。心配してくれてありがとう」


『お任せ下さいリズ様。魔族四天王の名にかけて、絶対に究極の食材を持ち帰ってみせますっ!』


 段々と掠れたり途切れたりするようになったリズの声に応えると、俺とオルアクアに乗ったラキはゆっくり……ゆっくりと横倒しになった魔王城の門に近づいていった――。

 

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