死闘、サメ


『ギャオオオオオオオオン!』


「ほ、本当にサメなのか!? 巨大なだけでなく、平気で陸地を歩いているではないか!? しかもなんなのだあの猫さんそっくりの手足は!? 私を馬鹿にしているのかっ!?」


「サメって鳴くんだな……」


 突然俺達の前に出てきた大きなサメ。

 見た目は完全にサメなのに、手足は猫みたいでかなりキモイ。


 口にずらっと並んでる牙なんて俺と同じくらいの大きさだし、こっちに歩いてくる速度もゆっくりに見えて結構速い。


「お、のれぇぇえええええええッ! 忌々しいサメの化け物め! 私が子供の頃からずっと追い求めていた、モフモフの大きな猫さん……チュパチュパボンボリアンデスワームをついに見つけたと思ったのに! 許さん……! 私の純真をよくも弄んでくれたなァああああ!?」


「やっぱりリズも大きな猫だと思ってたんだ……」


 そのサメの濁った目は、全然俺達の方を向いてない。

 そもそも俺達に気付いてるのかも分からない。


 でもそのサメは、なんでか俺達めがけてまっすぐ歩いてくる。

 しかも――。


『グルルルルル――――グオオオオオオン!』


「え……」


「むむっ!?」


 突然、サメはその大きな口から〝青白い光〟を吐き出してきた。

 空気と波と地面が一斉に震えて、光は一直線に俺とリズを呑み込もうとする。


 あれ……もしかしてこれ死んだ?


「ほっほーう? サメごときが……どうやら死にたいらしいな!?」


「うわ……っ」


 けどその光が俺達に届くより一瞬早く。


 片手を突き出したリズの前に、ピカピカした金属っぽい大きな盾が出てきてサメの光をバチバチに散らした。


 飛び散った光は俺達の後ろに落ちて大爆発。

 俺はその様子をびっくりして見てることしか出来なかった。


「クッハハハハハハハ! 馬鹿め! 先日は我が魔力の源泉となる〝素材〟が街中ゆえに使えなかったが……今日の私はひと味違うぞ! 全魔族の頂点に立つ大魔王――このリズリセ・ウル・ティオーに牙を剥いたこと……地獄で後悔するがいいッ!」


 サメの攻撃を防いだリズはそう言うと、今度は両手を広げて目を閉じる。

 リズの長い黒い髪がぞわっと広がって、周りの砂粒が浮き上がる。


 そうしたら辺りの岩とか地面とかが〝ガラスが割れたみたいな音〟と一緒に消えて、次の瞬間にはリズの隣に馬車二つ分くらいの大きさのかっこいい大砲が出てきた。 


「すごい」


「クックックック……ッ! ぶっちゃけ私の魔力はまだ〝1%〟ほどしか回復していないが……それでもあのふざけたサメを消し飛ばすには十分よ! そして喰らえ! リトル・大魔王キャノン――発射だ!」


 リズの声と同時。

 かっこいい大砲から大きな火の玉が飛び出した。


 すぐ横にいた俺は凄い爆風に身を屈めながら、その火の玉がサメめがけて飛んでいくのをちゃんと見てた。


 そして――。


「ハーーーーッハッハッハッ! 凄いぞー! かっこいいぞー! いかに巨大なサメの化け物とはいえ、この大魔王キャノンを喰らってはひとたまりもあるまいッ!」


「やったか?」


 眩しい光と、視界が全部赤一色になるほどの火柱。


 まだ全然力が回復してないらしいリズが一瞬で作った大砲の攻撃は、今まで俺が見たどんな魔法使いの魔法よりも凄い威力だった。だけど――。


『ギャオオオオオオオオオオオン!』


「な、なんだとっ!?」 


「やってなかった」


 けど駄目だった。

 炎の壁と真っ黒な爆発の中から、無傷のサメがのっしのっし歩いてくる。

 

 しかもそれだけじゃなくて――。


『グオオオオオオ――――ギャオオオオオオオオン!』


「チィ……ッ!」


「リズ!」


 その時。

 怒ったサメはさっきと同じ光をまた吐き出してきた。


 それに気付いた俺は咄嗟にリズを抱きかかえて横っ飛びに。

 そのすぐ後、光を喰らったリズの大砲は真っ二つに割れて大爆発した。


 ま、マジか……。

 っていうか……こんなサメ、今まで一体どこにいたんだ?


「い、今のはヤバかった……」


「ぐぬぬぬぅぅぅ……! 一体なんなのだこのサメは!? 地上を歩き、口からはビーム! さらには城一つ吹っ飛ばす大魔王キャノンの直撃で無傷だと!? このようなサメ、見たことも聞いたこともないぞ!?」

 

「やっぱりリズにも分からないのか」


「知らん! というか、常識的に考えてあんなサメ現実にいるわけがなかろう!? サメ映画じゃあるまいしっ!」


「サメ映画?」


 俺はリズがなるべく地面に当たらないように庇いながらゴロゴロ転がると、すぐにサメから見えなさそうな草むらの影にリズを連れて隠れた。正直、効果があるかわからないけど……。


「しかしどうするか……! カノアよ、貴様の水泳EXは〝陸では使えない〟のだったな?」


「むぅ……使えない」


「そうか……。海へと続く道はあのサメに塞がれているからな……。やはりここは私がなんとかする他あるまい……!」


 リズはそう言うと、また魔力を使って大砲を作った。

 

 だけど……。


 大砲。


 大砲か。

 うーん……。


「あ……ちょっといいかな」


「なんだ!?」


「うん、相談なんだけど――」



 ――――――

 ――――

 ――



『ギャオオオオオオオオオン!』


 化け物サメが叫び声を上げながら俺達の近くまでやってくる。

 死んだ魚みたいな濁った目がぎょろぎょろしてて超怖い。


 けど、そのサメの目にはリズがさっき作った〝大砲だけしか〟映ってない。

 だって、俺とリズが今いる場所は――。


「よし! いくぞカノアよ!」


「おっけー」


『ギャオ!?』


 リズのかけ声を合図に、大砲が発射される。

 そして、その大砲から飛び出したのは〝リズを抱っこした俺〟。


 俺はリズに、大砲で俺を海に向かって飛ばしてくれないか頼んだ。

 別行動は危ないから、リズも一緒に発射されることになったけど。


「ふおおおおおおおおおおお!? お、落ちるッ! このままでは海に落ちてしまうッ! し、信じるぞカノア!? 本当に信じているからな!? 絶対に大丈夫なんだな!? 溺れたりはしないんだな!?」


「大丈夫……たぶん」


「ぐわあああああああああ!? なんだその頼りない返事はああああ!? あああああああああ!? 海が近い! 水が目の前に! ぴゃあああああああああ!?」


「息を止めて。目を閉じて。掴まって」


「……っ!」 


 瞬間。俺達は頭から飛び込んだ。


 海の中に。

 水の中に。


 目を閉じたリズをしっかり抱えながら、俺は淡く青く光る水の中で目を開いた。



 ――水泳EX――



 視界と感覚が一瞬で開ける。


 ずっと遠くで泳ぐ小さな魚も……深いところに沈む建物も。

 触れている水から伝わる何もかもが、俺の意識に一瞬で集まってくる。


 俺の周りに見えない何かが広がって、水流が音も立てずに激しく渦を巻く。

 それで呼吸とか水の抵抗とか、体を縛る何もかもから解放された感じになる。


「もう目を開けても大丈夫。息も吸えると思う」


「お、おおおお? すぅー……はぁー……! な、なんと……本当に水の中でも平気ではないか!?」


「俺に触ってれば他の人も水の中で平気になるっぽい。あの洪水の時も、それで沢山の人を運んだから」


「そうだったのか……って、なぜそれをもっと早く言わんのだ!? 大はしゃぎで浮き輪からビート板まで用意した私が馬鹿みたいではないか!?」


「むぅ……でもそれだと、俺がずっとリズにひっつくことになる……。それはリズも嫌だろうなって……。その、水着だし……」


「な……っ!? はっ!? あ、あー……そういうっ!? それは確かに……っていうか、それなら今だってそうではないか!? はわわ……!」


「ごめん。とりあえず安全なところまで逃げるから、ちょっとだけ我慢して」


「よ、よかろう……ん……っ」


 無事に海へと逃げ込んだ俺は、リズ抱え直して向きを変える。

 けどそんな俺達の行く手を阻むように、すぐにサメも海の中に追っかけてきた。


「うわ、まだ来るのか」


「いや……これはチャンスだぞカノア! 元より、あのような化け物がいたのでは安定した素材集めは不可能だ! ならば……ここで一気にケリをつけるが良かろう! やれるか!?」


「わかった……やってみる」


 俺はリズのその言葉に頷くと、軽くなった体をサメに向かって加速させた――。

 

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