サメよりも速く


 水泳EX。

 

 あの洪水の時。俺はこの力で沢山の人を助けることが出来た。

 でもまだ俺もこの力のことは良く知らなくて、とりあえずはっきり分かってるのは三つだけ。


 水の中でも喋ったり、息をしたりできるようになること。

 そしてとにかく速く、信じられないくらい自由に泳げること。


 そしてもう一つが――。


『グオオオオオ――――ギャアアアアアアオ!』


「っ!? 気をつけろカノア! サメビームが来るぞ!」


「大丈夫。関係ない、多分」


「なんだと!?」


 太陽の光が気泡と波で拡散して広がる。

 青白く光る水面のすぐ下。

 俺はリズを抱えたまま、目の前に落ちてきた大きなサメめがけて泳ぐ。


 海の中まで俺達を追ってきた大きなサメは、泳ぎ始めた俺めがけて口を開いて、周りの水をぶくぶく蒸発させながらビームを発射した。だけど――。


「なっ!?」


『グギャ!?』


「むぅ……でもどうしようかな。怪我させるのもなんか可哀想な気がするし……」


 視界が一瞬で後ろに流れていく。

 俺の泳ぐ速度がぐんぐん上がって、段々周りの景色が淡い光の粒になっていく。


 サメのビームは当たらなかった。

 だって、俺にはどこにビームがくるのか〝見えてた〟から。


 水泳EXのもう一つの力――。


 それは、水の中だと俺の目や耳や肌の感覚がとんでもなく研ぎ澄まされること。

 どれくらいかって言うと、〝世界の反対側で溺れてる人の声が聞こえる〟くらい。


 だからどんなに速く泳いでも、どんなに無茶な動きをしても。

 水の中の俺の感覚は、それよりも速く色んなことを教えてくれる。


 あの洪水の日。


 めちゃくちゃに荒れてた濁流の中でも、俺はこの力のおかげで溺れてる人や動物をすぐに見つけられた。


 濁流に乗って流れてくる大きな岩も木も、視界を奪う泥水も。

 そのどれ一つだって、俺が泳ぐのを邪魔できなかった。


 そして――。 


『グギャ! グギャ! グギャギャギャギャギャ! ゲギャ!?』


「サメだから話は通じないもんな……。でもなぁ……うーん……。どうしたらいいのかな……」

 

「ぬおおおおおおお!? これは……な、なんという泳ぎだ!? あのサメがやたらめったらにビームを乱射してるのはなんとなく分かるが、それ以外はぐるぐるしててなんにも分からんっ! て、ていうか……私まで目が回ってきたのだが!?」


 リズを抱えたまま、俺は更に泳ぐ速度を上げる。

 

 サメは俺に何発もビームを撃つけど、やっぱり当たらない。

 ジグザグに泳いだり、直角に曲がったり、一瞬で数百回サメの周りを回ったり。


 うーん。


 あーでもない。

 こーでもない。


 俺はサメの周りをグルグル周りながら、どうしようか頑張って考える。

 さっきは戦いになっちゃったけど、出来ればお互い痛いのは嫌なんだよな……。


『グギャアアアアアアアアアア!?』


「ぬわーーーーーーーーーーー!?」


 ――やっぱり駄目だ。


 俺はそもそも戦いとかしたことないし、こういう時にどうすればいいのかさっぱり分からない。


「むぅ……やっぱり俺じゃいい方法が思いつかない。リズには何かいい考えはないか……? ってリズ?」


「は、はわ……はわわ……! 目が、世界が回る……ぎ、ぎぼちわるぅぅぅいっ!」


『グギャゲギョ……』


「うわ、ごめん」


 でも気付いたらリズもサメも、どっちも青い顔になってぐったりしてた。

 それに気付いた俺はすぐに泳ぐのを止めて、リズとサメを連れてなるべく優しく、ゆっくりと海の上に戻った――。

 

 

 ――――――

 ――――

 ――



「なーーーーっはっはっは! こうして無事に素材は手に入ったし、サメの化け物も懲らしめてやったし、今回の大魔王探検隊は大成功ではないかっ! これも全て貴様のお陰だ! 礼を言うぞ、カノアよ!」


「それなら良かった」


 夜。


 ちゃぷちゃぷと揺れる夜の波間の向こうに、パライソの街のオレンジ色の光が大きなロウソクみたいに見えていた。


 あのサメをなんとかした俺とリズは、無事に沢山の石とか土を持って帰ってきた。

 目を回したリズが元気になるまで少しかかったけど、今はもう大丈夫みたいだ。


 あの大きなサメも、後で俺が獲ってきた沢山のお魚を食べさせたら凄く喜んでくれて、本物の猫みたいに俺とリズに懐いてくれた。よかったよかった。


「しかしカノアよ。なぜあのサメを速攻でボコボコにしなかったのだ? お陰で私も目を回すハメになってしまったのだがっ!」


「いや、その……殴るとか蹴るとか、そういうのは苦手なんだ……。可哀想で……」


「か、可哀想だと……? 初手で殺意全開のビームをぶっ放してきたあのサメがか!? ぷっ……クク……あっははははっ! なあカノアよ、貴様はそのような優しい性格で、一体どうやって日々モンスターや我々魔族と戦う冒険者になるつもりだったのだ? そんな有様では、やはり漁師になるしかないのではないか? んー?」


「むぅ……そんなこと言われても……」


「ふふっ……冗談だ! 貴様にはこれからも、私の手駒として存分に働いて貰うのだからな! せいぜい覚悟するがいいぞっ!」


「本当に俺なんかでいいのか……? 今日も色々失敗しちゃったのに……」


「フフン! それはこれまでカノアの周りにいた奴らの見る目がなかっただけのこと! だが私は違うっ! 水泳EXがあろうがなかろうがどっちでも構わん! 貴様のことは、この私が立派に使いこなしてやる! フゥーーハハハハハ!」


「そうなのか……。なら、それでお願いしようかな」


 そう言って、リズは白いビート板の上で気持ちよさそうに寝そべりながら笑った。

 けど……そんな風に笑うリズの表情は、なんだか前よりも柔らかいように見えた。


「さあ、明日もまた忙しくなるぞ! カノアも今日はゆっくり休み、望み通り昼まで寝ているがよい! また私が直々に起こしに行ってやる!」


「理想の上司……」

 

 こうして……。

 初日から本当に色々あったけど、俺の初仕事はなんとか無事に終わった――。 




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