第二章

大魔王との初仕事


『大魔王? まぁ……私もアイツには結構感謝してるんだ。いくら私が聖女で偉くて無敵でも、流石に集まったみんなを食わせていくのはキツかったからな』


『しかし、市民の中にはやはり魔族は信用できないという人も大勢います。聖女様はそれをどうお考えなのでしょう?』


『あーもう面倒臭いな! そんなもん私が知るかよ! それにな、もしあの大魔王が水耕栽培所やらアパートやら水処理場だのを街に作ってくれてなかったら、今頃私達全員――』


「――死んでいたであろうなァ!? クックック……! アーッハッハッハ!」


「また勝手に俺の部屋に入って、しかも大笑いしてる……。怖いです……」


 リズに手伝って欲しいと頼まれた次の日。


 早起きがキツいからと仕事を辞めてきた俺は、昨日と同じく部屋の中で優雅にくつろぐリズにびっくりしていた。


 というか……今もリズが寝転がってる大きくてトゲトゲしたソファーとか、もの凄く邪魔なんだが……。


「おお、帰ったかカノアよ! 今日も来てやったぞ! 光栄に思うのだなッ!」


「ただいま。っていうか……リズは大魔王なのに、こんなに毎日俺の家に来て大丈夫なのか? 忙しくないのか?」


「気にするな! 面倒な雑務や謁見は〝四天王〟に任せてある! それにな、前も言ったが私の魔力がスッカラカンなのが同胞達にバレると色々面倒なのだ! だから魔力が回復するまでは毎日来る! どうだ……? 遠慮せず歓喜にむせび泣くがいいぞ!」


「そうなのか。じゃあ俺も、リズが来た時のために色々用意しておかないと……」


「案ずるでない。この大魔王専用ソファーのように、必要な物は私が用意するし、世話になっている間の給与は別に支払ってやる! 私はサービス残業や有給未消化は絶対に許さん主義だ!」


「り、理想の上司……」


 俺は荷物を床に置きながら、トゲトゲのソファーに刺さらないようにちっちゃくなって部屋の奥に進んだ。


『けどなぁ……本当に一体誰が溺れた奴らや動物まで助けてくれたんだろうな? 私が浮上させたのは大きな街や村だけだし、溺れた奴らがすぐに死なないように世界中に張ったシールドだって、魔族や動物までは手が回ってなかったってのに……』


『聖女様でないとすれば、やはり噂になっている〝海の神〟なのでしょうか? 助けられた人は全員、眩い閃光に包まれたと証言して――』


「んー? 海の神だと? もしや、それはどこぞのぼーっとした大男のことでは……」


「ラジオ……好きなのか?」


 なんとかキッチンに辿り着いた俺は、蛇口を捻って手を洗いながらリズに尋ねた。


〝ラジオ〟っていうのは、リズが街の人のために沢山作ってくれたアパートの中に、最初から用意されてた箱のことだ。


 仕組みは分からないけど、ボタンを押すと遠くにいる人の声や音楽が聞こえてくる。


「クックック……そういえば、このラジオも私が一家に一台作ってやったのだったな! テレビとかパソコンとか、もっと高性能な物を置いてやっても良かったのだが……。まあ、文明の利器を知らぬ人間共にはラジオ辺りから始めるのが良かろう!」


「そうなのか……。よく分からないけど、魔族って凄いんだな」


「ンまぁああぁぁぁぁああああなッ!? クッハハハハハハハハッ! くるしゅうないぞ!」


 俺のその言葉を聞いたリズは、ソファーの上で〝元気満々のエビ〟みたいに仰け反ってまた大笑いした。


 あまりにも仰け反りすぎて、リズの頭の大きな角が外れてガゴンッて落ちた。

 昨日聞いたんだが、あの角って普通に取り外しできるらしい。手軽だ。


『とにかくっ! ブーブー文句ばっかり言ってないで、お前らもちゃんと魔族と仲良くしろよ! 私達はたまたま奇跡が起きたから生きてるだけで、またいつ何が起こるかなんて誰にも分からないんだからな!』


「フッフッフ……流石は人間共の頂点に立つ聖女だけある。正しく現状を理解しているではないか! 偉いぞ、褒めてつかわす!」


「むぅ……お昼は何にしようかな……」


 ラジオから聞こえてくる聖女様の声を適当に聞き流しながら、俺はキッチンでぼんやりと食材を手に取る。 


 そういえば、俺がこの部屋に住む前に魔族の人が説明してくれたな。

 人間が魔法を使うように、魔族は魔法とは別に〝科学〟っていう力も使うらしい。


 あの空飛ぶ魔王の城も、海水を飲み水に変える建物も、このラジオも。

 きっとこういうのが魔族の力なんだろうな……。


「そのとーりだッ! そして、今日私がここにやってきたのは他でもない。カノアよ、昼食を終えたら早速海に出るぞ! 私と一緒に〝素材集め〟に旅立つのだッ!」


「素材集め?」


「うむ! 今の私は一見すると無敵の大魔王に見えるが、実は魔力が枯渇したクソ雑魚ナメクジ……! しかし、私自身の魔力は良く食べ、良く寝れば少しずつ回復するのだ。だが、様々な便利アイテムを生み出すための〝素材〟はそうではない! どっかから拾ってくる必要がある!」


「そうだったのか……なんでも魔法だけで解決してたわけじゃないんだな」


「私が人間共のために無数の施設を作った時には、我々魔族が山ほど溜め込んでいた希少な魔法金属を全て使ってやったのだ。殆どの陸地が水没した今、同じ量の素材を集めるには相当骨が折れると思っていた……だが!」


 そこまで言うと、リズは乗っていたソファからぴょんと飛び降りる。

 そしてキッチンにいる俺の横にパタパタと近寄ってくると、ビシーっと人差し指を伸ばして勢いよく俺の胸に突き立ててきた。


「だがカノアよ! 今の私には貴様がいる! 貴様のあの化け物じみた泳ぎがあれば、たとえ世界が水没していようが、どこぞに残った僅かな陸地から素材を探すことも容易かろう!」


「むぅ……でもリズはどうするんだ? 確か全然泳げないって……」


「無論、貴様が私を連れて行くのだ! 泳いでなッ! フゥーッハハハハハハ!」


 そう言うと、リズは何もない空間から一瞬で白いビート板とピンクの浮き輪を取り出して、無邪気な子供みたいに笑った。


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