第5話 小笠原弁護士

 俺は入って来た男性の顔を見た。

 小柄でメガネをかけている。胸には弁護士バッジ。


「小笠原です。よろしくお願いします」

 俺はあっけに取られていた。公園で会った人とは別人だった。顔は似てるけど、体格が全然違う。

「え?ご本人ですか?」

「はい。失礼ですが、前にお会いしたことはありましたか?」

「いいえ」

「今日はどうして?」

 俺は小笠原さんの名刺を見せた。

「こちらの住所を見て来ました」

「ああ。以前から、誰かが私になりすまして詐欺を働いているみたいで困ってたんです」

「え?」

「私の名刺はこちらです」

 比べてみると、ロゴがちょっと違う。紙も安っぽかった。


「何人かこうして尋ねて来られて。私も被害届けを出したんですが、あなたもお出しになった方がいいですよ。で、どんな詐欺に遭われたんですか?」

「私は食事代だけで」

「そうですか、偽物はゲイの人みたいで、食事代、ホテル代なんかを立て替えさせてるみたいなんですよ。ひどいのだと金銭を騙して取られたって言ってました」

「私は違いますよ。ゲイじゃありません」俺は全力で否定した。


 警察に行こうか迷ったけど、公園でキスしたことを人に知られたくないから泣き寝入り。痛いお勉強代と思って諦めた。


 彼はホームページで、自分に瓜二つの人を見つけて、なりすましてたんだ。肩書きに騙されてしまった俺。少し話せば、弁護士じゃないことくらいわかっただろうけど。教養がなさ過ぎて気が付かなかったようだ。


 それから数日後、警察から電話がかかってきた。件の弁護士が、警察に俺のことを話したんだろう。俺はスマホを提出して、彼は捕まった。俺が公園で男とキスしたことがバレてしまった、、、。


 それからは、もう公園には行かなくなった。


 あの魅力的な空間は今でも俺を引き付けて離さない。エログロな男の欲望が渦巻いている都会のオアシス。変態たちが狼のように木陰に隠れて、獲物がやって来るのを待っている。一般人と子供たちがその隙間を、無防備に駆け抜けていく。赤ずきんのように。

 飛び掛かられたら一瞬だ。狙われたら逃げられっこない。俺は捕まってしまった。あのとろけるようなキス・・・大きく暖かい手。


 俺は今も彼のことが忘れられない。

 

✳︎深夜の日比谷公園はハッテン場になっているようですが、実態は不明です。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

公園 連喜 @toushikibu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ