第4話 日比谷公園

 ステーキの店での会計は何と15万円。小笠原さんがうっかりカードを忘れてしまったから、俺が立て替えた。今度会った時、現金で払いますと言われた。払わないで逃げたら、事務所に取り立てに行けばいいんだ。俺はあまり気にしていなかった。


 俺たちは日比谷公園に行った。デート中のカップルとかが歩いている。


 こんなすごい人に誘われて、俺は気分が高揚していた。彼はずっと俺の手を握っていたから、柄になくドキドキしてしまった。彼の手はフカフカしていて、柔らかかった。


 彼は俺をリードするように、木の陰に俺を誘う。俺は彼に身を任せてついて行く。すごくスマート。腰に手を回されても嫌な気がしない。不思議だった。俺はもしかしたら、ゲイなんじゃないか。それが今から判明するんだと確信した。


 暑くも寒くもない心地よい風が吹いてる6月の下旬。まだ蚊がいないし、外で戯れ合うのにはベストな時期だ。今まで経験したことのない感情が沸き上がって来た。男に抱かれるという安心感と幸福感。


 彼は女性にするようにソフトにキスをして来た。俺もすんなり受け入れられた。そして、すぐに舌を入れて来た。俺は初めてみたいに、されるがままに彼の舌を味わった。柔らかい唇に滑らかな舌。彼は感動するくらいキスが上手くて、うっとりする。きっとセックスも最高なんじゃないかと期待してしまう。


 しかし、彼の手が俺の下半身に伸びた瞬間、俺は反射的に手を払い除けてしまった。

 なぜなのかわからない。じゃあ、俺も彼の下半身を触れるかと言ったら無理だった。


「すみません。心の準備が出来なくて」自分でも意外だった。頭では興味があるのに、体が拒否している。

「いいんですよ。外なのに破廉恥な真似をしてごめんなさい」

 彼は紳士的だった。次は思い切ってホテルにでも、と思った。金を返してくれたら、そうなってもいい。


 俺たちはまた来た道を戻った。その間も手を繋いでいた。


「次回、いつ会えますか?」


 彼が尋ねた。俺のことが気に入ったんだろう。

「じゃあ。来週の金曜日に」俺は答えた。その時は、泊まってもいい。朝までゆっくり過ごしたい。


 それから、毎日Lineをした。

「今週は公園行きますか?」と、小笠原さん。

「今週はやめときます」

 俺が興味があるのは、金曜日の夜の方。高級ホテルでの一夜。今まで泊まったことのない、いいホテルを取ってくれるだろう。彼といることで、今まで知らなかった世界を見られる。セレブの生活。


「好きです」

 彼がLineで告白して来た。

「俺も好きになりそうです」俺も照れながら送る。

 俺たちは盛り上がっていた。


 ふと、俺は仕事中の彼に会いたくなった。国際弁護士。仕事中の彼はきっと素敵だろう。雲の上の人だ。

 彼に恥をかがせないために、今度はちゃんとした服装で尋ねることにした。今日は仕事と言ってたから、俺はいきなり事務所に尋ねて行くことにした。

 

 俺は受付に行った。「小笠原弁護士にお取次ぎいただけませんか?」

「アポイントはお取りになっていますか?」秘書の人が尋ねた。すごい美人だ。きっと、弁護士のうちの誰かの愛人だろう。俺は妄想する。

「いいえ。でも、プライベートで親しくしているので」

「お名刺ちょうだいできますか?」

 俺は仕方なく名刺を渡した。もう、身バレしてもいいや、という気分だった。


 しばらく待ったけど、彼が会ってくれることになった。俺は部屋に通された。窓からは皇居が見える、すごくいい場所にある。こんなオフィスで働けたら気分いいだろうなと思うが、50の俺にはもう無理だ。来世で、というレベルになってしまう。


 ガチャとドアが空いて、人が入ってきた。俺は小笠原さんに嫌われるのが怖かった。



 

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