第2話 お弁当と感謝の気持ち

 翌日目が覚めたら未来に帰っていた、なんてことはなく今日から本格的に高校1年生を謳歌するみたいだ。制服を着て登校しようとしたところ、通知が来た。


『もうすぐ着く』


 咲季からだったがどこに着くのだろうか、と疑問に思っていると玄関からピンポーンとインターホンが鳴る音が聞こえた。


 ……まさか、


「誠ー。咲季ちゃん来たわよー」

「兄さん今日も待たせるのかよ」


 1階から母と弟の呼ぶ声が聞こえる。

 ……もうすでに家族公認っすか?


 急いで1階に降り、弁当を取りに行こうとダイニングに行くと、そこには母が居た。


「あんた早くしなさいよ。咲季ちゃん待ってるのよ」


 分かってると返事をしてテーブルやその付近を見渡す。


「あれ? 母さん、俺の弁当は?」

「今日も咲季ちゃんが作ってくれるんじゃないの?」


 え、咲季が弁当作ってくれてるの? それってつまり……


 まさかの愛妻弁当来たー―――っ!!


 え、なにもうそこまで進んでるの俺達!? というかこれ、母さん承諾したの?

 いいの? 弁当作って貰って。……あれ? じゃあ昨日はどうなんだ?


 そこで昨日家に帰ってからの行動を思い出してみる。

 ……そう言えば昨日弁当箱洗った記憶ないわ。



 母に急かされて玄関を出ると、自転車にまたがってボーとしている咲季がいた。


「おはよう、咲季」

「あ、誠おはよう。今日はなんか遅かったね」

「ちょっとな、弁当のことで母さんと話してた」

「え!? もしかしてもう作るな、とか言われた?」

「ああいやそういうわけじゃなくてな。きちんと感謝しろよって」

「なんだ~良かった」


 2人並んで自転車を漕ぎ始める。一緒に登校するというのも新鮮だ。本来ならいつもは1人で登校するか途中で会った友達とそのまま行くかしかなかったからな。

 嫁(今は彼女)と登校するなんて考えてもみなかった。





「お、今日も夫婦で登校か。仲がよろしいこって」


 教室に入るなり、田中からからかわれた。『今日も』ということは毎日一緒に登校しているのだろう。


「いやーそれほどでも~あるけど~?」

「おい、今の照れるとこじゃないと思うぞ」


 えへへーとにやける咲季にツッコミを入れ、席に着く。今日から本格的に高校生活の始まりだ。せっかくだから楽しんでいこう。



 授業が始まってしばらく経つが、なかなか集中できない。この授業が世界史ということもあるだろう。板書を写すしかすることがない。



 睡魔に打ち勝とうと考え事をしていたとき、ふと俺達はいつから付き合っているのか気になった。

 だが、聞くに聞けないな。聞いたら確実になんでと質問される。そうしたらまた言い訳を考えないといけない。

 さすがに中学は違うだろうから高校に入学してからだと推測できる。とすると長くても8ヶ月かそこらか。


 その期間に家族公認になって、弁当まで作るようになるって凄いな。

 どちらからアプローチしたのだろうか。大学時代は俺からだったから、ここでもそうなのだろうか。

 正直今付き合えているからさほど問題ではないが、やはり気になる。

 その後も疑問は消えず、悶々としたまま午前中が過ぎていった。



 昼休みになり、各々弁当や購買で買ったパンを食べている中、俺たちも向かい合って弁当を食べていた。

 咲季が朝作ったというお弁当は、俺の知る咲季の弁当そのものだった。昨日の昼に会社のオフィスで食べた、あのお弁当。それとほぼ同じ物だ。

 確かに昨日とおかずは違うが、その大まかな種類は同じ。卵焼きは毎回詰められており、野菜ベースの料理に肉料理。1段下には白米がびっしりと詰め込まれている。

 その詰め方も似通っていた。


 それらを見て、毎朝早くに起きて弁当を作ってくれた未来の嫁の咲季も、今の彼女の咲季も急に愛おしく感じた。

 幸せだった。いや、今も幸せだ。


「ありがとうな、毎日弁当作ってくれて」


 思わず感謝の言葉が出た。未来に戻ったらまたお礼を言おう。


「どうしたの~急に。私が好きでやってるんだから気にしないでって」

「それでも、ありがとう。咲季はいいお嫁さんになれるよ、俺が保証する」

「ほう? それは誠のお嫁さんにしてくれるってことでいいのかな~」

「いいよ、絶対誰にも渡さないから」


 また一緒に暮らしたいしな。それにまだ未来でだって2ヶ月しか一緒に暮らしていない。もっと長く2人でいたいものだ。



「さっきから聞いてりゃお前ら、何教室内でイチャイチャしてやがる」

「プロポーズならもっと雰囲気あるところでしてくれ」

「砂糖吐きそう……」

「誰かコーヒー持って来い」


 田中を始めとする男子数人から、ありがたくないお言葉を頂戴した。俺達の近くで昼ご飯を食べていたからか、今までの会話全部聞こえていたらしい。こんな所でイチャつくなとお叱りも受けた。


「ごめんな、あいつらがうるさくて。……どうした?」


 さっきから反応がないなと思って咲季の方を振り返ると、頬を赤らめて硬直していた。


「おーい、大丈夫かー?」

「……ハッ!? 危ない危ない、驚きすぎてショック死する所だった」

「ちょ!? 気をつけてよーまったく」

「へいきよ、ショック死したら女神連れて異世界転生するから」

「いやアウトだよ。爆裂娘とかドMクルセイダーしかパーティーに来ないだろ」

「そしたら私のスティールで解決よ」


 いつも通りの会話だな。今でも未来でも俺達こんな会話しかしていない気がする。

だが、いつもより少し早口だったのを俺は聞き逃さなかった。


 これは咲季が焦っているときや隠したいときがあるときの癖だ。

 ……照れて動揺しているのだろうか。今もまだ顔赤いしな。


「なに? 照れてるの?」

「うっさい。それ以上言ったらもう弁当作ってあげないから」

「すみませんでしたもう何も言わないので許してください」

「分かればよろしい」


 弁当を人質に取るなんて卑怯な。

 何がおかしかったのか、咲季はクスクスと笑い始めた。


「どうした急に?」

「ううん、何でも。ただ楽しいなって」

「そうだな、それには同意だ」

「私たち、ずっとこんなしょうもない会話ばっかりしてるよね~。たぶんこの先もずっとこんな感じでやっていくんだろうな~って思うよ」


 ああ、その通りだ。何でもないことで笑い合って、アニメや漫画をパロって会話する。そんな楽しい時間を未来では6年も過ごしているんだ。

 改めて、俺の未来には咲季が必要なんだと実感した。


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