第7話 会場の片隅でひっそり聴く

 統子は泣いた俺の前で泣きじゃくった。彼は私を守っただけなのにと。しかし今は有名歌手なのだ。そんな姿はファンに見せてはいけない。有名人が俺なんかの為に……泣いてくれた。俺はそれだけで充分満足している。

 だが刑務所に入る事によって俺の目指した世界チャンピョンの夢は閉ざされた。それでもいい統子の夢が壊れないなら。統子には俺の分まで希望の星となって頑張ってくれと、俺はやせ我慢して最高の笑顔を歌手、麻野七星に贈った。


 統子は何度も人の目を忍んで刑務所へ面会に来てくれた。気持ちは嬉しかったが今の統子にはスキャンダルは命取りとなる。俺のことは忘れてスターの道を進んでくれと面会を断った。これはワルをして来た男の誇りだ。大切な人を守る為なら己を犠牲にしても守り通す。決して見返りを期待しない。それが愛と言うものだ。それが俺のポリシー。

 三年の月日は流れ俺はやっと出所した。その間に統子は確実に躍進し日本を代表する歌手にまで成長していた。統子が最高の弁護士をつけてくれたお蔭だ。それでも三年の刑で済んだことは幸いだった。下手をすれば殺人未遂罪に問われてもおかしくない状況だった。そうなったら十年くらいの実刑になったかもしれない。相手は三人も障害者となったのだから。なんでも奴等のうち一人は歩けなくなった事を苦に自殺したらしい。それだけ肉体的にも精神的にも追い込んだのだから。でも俺は同情しない。自殺するほど心が弱いなら最初からワルの道に入るべきじゃなかったのだ。

 

 その出所の日を統子は知っていたが、相変わらず寝る暇も無いくらいスケジュールが詰まっていた。統子は何度も刑務所に手紙でスケジュールに穴を空けても行くと書いてあった。

 俺はその返事に(プロなのだからそんな事をしてはいけない。統子の夢は俺の夢でもあるのだから)と。統子は二人の夢の為にステージに立った。そして今日も一万人もの大観衆の前で唄っている。俺が今日この会場に来ている事を統子は知っていた。

『おめでとう優、見ていて今日は貴方の為に唄うの、私の心が届くまで。貴方の犠牲は一生を掛けて影から支援するわ』

 だから統子は俺の為にデビュー曲を、今夜はアンコールを含め三回も組み入れていた。統子はI sing for you唄うたびに涙を流した。何も知らない大観衆は熱唱に酔った。


つづく


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る