第2話 優はボクシング統子は歌手の道
その不良三人組は共に二十歳らしく、ゲームセンターに時々現れる情報を得て俺はその場所に赴いた。俺より四才近く年上だが俺には自信があつた。でなければ探しあてたりしない。
「そこの三人! ちょっと話がある顔を貸してくれないか」
「なんだと!? まだガキじゃないか。この野郎偉そうに俺達に喧嘩を売ろうと言うのか」
「まぁどうとってもいい。近くの河川敷まで来て貰おうか。それとも怖気付いたか?」
年下に凄まれ、奴等は理由も聞かず頭に血がのぼったのか着いて来た。
「お前等に聞きたい事がある。先日、高校生の女に何をした? 言ってみろ!!」
「なっなんだと! てめぃ見ていたのか。ふざけやがって」
奴等は一斉に俺を取り囲み殴りかかって来た。俺には奴等の動きがスローモーションのように遅く見えた。ボクシングを基本から習った今の俺には、奴等の動きはスキだらけだった。俺の右フックが一人目の顎を捉えた。
左から殴りかかって来た男のパンチを肘で交わしカウンターパンチをボディーに喰いませると男は口が泡を吹いて蹲った。最後の一人が怯んだスキに顔面を狙って頭突きを喰らわせた。男はもんどり打って倒れた。のたうち回る三人をパンチと蹴りで、気絶寸前まで叩きのめした。舐めて掛かった相手がとてつもなく強く、恥も外聞も忘れて逃げ回った。
もう不良三人組は逆らう気力も失せて、許してくれと謝るばかりだった。今の俺には三人くらい相手にしても勝つ自信があった。今だってワルは変わっていない。ただボクシングをやりたくて我慢しているだけだ。
俺は半端じゃないワルだ。しかし今日を最後にしたいと思っている。
俺は奴等三人を丸裸にして写真を撮ってやった。それと誓約書を一筆書かせた。
警察に突き出さない代わりに今回の件は忘れろ、それがお互いの為だとも付け加えた。
これを機に俺もワルを卒業してボクシングの道に進みたい。いつまでもワルでは生きて行けない。
その翌日、俺は統子に奴等の書いた誓約書を渡した。
「統子、これでお前も安心だろう。もうこの出来事は誰も知らない。俺も忘れる」
「えっ貴方が年上の人三人もやっつけたの? 凄い人ね。ありがとう本当にありがとう。これで私、学校を辞めないで済むかなぁ。でも誓約書は優くんが持っていてくれる。私一生この恩は忘れないわ。いつか大人になったらきっと恩返しします」
「少し大げさだなぁ、だけど気持ちは受け取った。誓約書……ああ、それもそうだな。こんなのを見たら嫌な事を思い出すものな」
そして翌年、俺は高校二年になりボクシングで県大会個人の部で優勝した。
統子もコーラス部で同じく県大会で団体優勝。団体ではあるが喜びは同じだ。
俺たちはいつの間にか、あれから交際していた。美少女と野獣、人はどう見るだろうか。
ただ統子の心の傷は消えた訳ではない。そんな心の傷を俺は知っている。奴等を除き唯一の人間である。だから俺は付き合うようになって一年が経つのに、キスしかしたことがない。俺は統子の恋人というよりボディーガードで居たい。こんなワルと統子では釣り合い取れないだろう。ただ統子の本音は分らない。恩人だから付き合っているのか本心がどこにあるのか。俺は統子を守っているだけで癒される。それでいい統子の笑顔が見られるだけで満足だ。
統子との交際は誰にも知られていない。俺みたいな不良と噂になったら統子の評判も悪くなる。統子に誓った訳ではないが、俺のワルは影を潜めボクシング一筋に励んだ。それも統子の優しさがあったからだ。人を虐めて得る快感よりも、恋する快感は何事よりも素晴らしい。あの出来事がなかったら統子との出会いもなかっただろう。
妙な縁だが俺は統子の生涯忘れられない傷を、これ以上痛まないように包んであげたい。
そんな気遣いの交際であった。でも統子は俺の心遣いを愛に変えてくれた。統子の優しさに俺は酔った。これが恋か愛なのか? そして一生この手で守ってやりたいと思った。今ではすっかり明るくなった統子が眩しい。輝く統子の笑顔は美しく俺の太陽のようだ。更に一年が過ぎ俺たちは卒業した。統子は当然だが俺が卒業出来たのは奇跡に近い。卒業出来た恩人? 全てが統子との出会いから始まった。統子の前では真面目で優しい人間でなければ付き合う資格がない。周りが驚くほど真面目を演じた。いや統子の前だけは本物の真面目を貫いた。そしてもう一人、俺にボクシングへの道へ誘ってくれたセンコーのお陰だ。
俺は柄にもなく『先生の教えは生涯忘れません』と汗をかきながら精一杯感謝の言葉を述べた。俺の進路は東京のボクシングジムに通いながらアルバイトをすることに決めた。勿論、夢は世界チャンピョン。ボクサーなら誰でも目標はそこに置く。統子も同じく東京の音楽事務所で勉強しながら歌手になる事を目標に、互いの将来を夢見て社会へ踏み出して行った。
統子なら大丈夫だろう。カラオケに何度か行ったが歌が驚くほど美味かった。歌唱力と言うのだろうか、下手なプロ歌手でも、こんな上手く唄えるのか? 統子ならきっと成功するだろう。
つづく
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます