I sing for you 

西山鷹志

第1話  出会い

音声化短編コンテスト応募作品


 クリスマスイヴに東京で雪が降るなんて何十年ぶりだろうか、そんなロマンッチックな夜の会場は熱気に包まれている。

 曲の合間に地鳴りのような熱狂が響く中で彼女は唄っている。少女から成長した大人の美人歌手である。

 今や押しも押されもせぬ人気絶頂の歌手、麻野七星(あさの ななほし)は一万人の大観衆の前でヒット曲(I sing for you)を熱唱していた。大観衆は総立ちでリズムに合わせて手拍子をしている。俺は会場の片隅でその歌を聴いている。

 この一年、麻野七星の出す曲は全てが、ヒットチャート一位に輝く売れっ子歌手であり、その歌唱力も絶賛されていた。

 そう俺と七星との関係は深い。出会ってから今日までジっと見守って来た。七星は俺が会場に来ている事も座る場所も知っていた。俺の視線が届いたのか、麻野七星は間違いなく唄いながら俺に語りかけているが分った。その歌声は俺の心に響く。彼女は何を訴えようとしているのか手の取るように分かる。

 俺達二人にしか分からないメッセージをステージから俺に送り続けている。それが俺の胸に熱く響くのだ。


 あれは今から丁度十年前の事だ。当時、俺こと堀田優(まさる)と星野統子(とうこ)は同じ高校の一年生だった。 統子は音楽部に入っていた。俺と来たら学校でも有名なワルで知られていた。中学時代から何回も補導された札付きの不良である。

高校入学も地元では悪名が噂になり入れて貰えず、隣の県の私立高になんとか入れたのだ。

 高校に入っても一年生ながら、上級生に喧嘩を吹っかけ袋叩きにしてしまった。

 俺が入れる位の高校だから勿論、低レベルの学校である事は間違いない。

 だがスポーツと音楽部だけは別格で全国レベルにあり、その方面では知れ渡った有名高校だ。学校も苦労しているだろう。但しスポーツと音楽だけは全国レベルなのに俺みたいワルが偏差値を下げている。 

 俺は相変わらず高校に入ってもワルを貫き通した。その噂は学校中に広がった。一年生で暴れまわる俺が目障りだったのだろう。この学校の番長が生意気だと喧嘩を仕掛けて来た。だがこれも返り討ちにした。

 一年生でも喧嘩は誰にも負けない。それが俺の唯一自慢でもある。もう逆らう者は、この学校では誰も居なくなった。

 あまりの非道ぶりに見かねた担任のセンコーは俺に、そんなに人を殴りたいならボクシングをやれと勧められた。 

 それがきっかけだった。俺は水を得た魚のようにボクシングに、のめり込むようなった。ボクシングは魅力だった。なんと言ってもルールさえ守ればいくらでも人を殴れるからだ。今まで人を殴れば恨まれ最悪の場合は警察沙汰にされた。だが此処では強いと尊敬の目で見られるのだ。人を殴って尊敬される? こんな旨いスポーツはない。


 運動神経と瞬発力は元々自信があった。それがあったからこそボクシングも上手くなっていった。そして俺は見事にセンコーに嵌められた訳だ。ある意味では更生させられたのだ。ツッパリの俺が面と向かってセンコーに感謝の言葉は出て来ないが、心では礼を言っている。

 高校一年の二学期が終り冬休みに入った時の事だ。ある日事件が起きた。

 俺はすっかりワルを止めた訳ではないが、ボクシング部長のセンコーに釘を刺されていた。

 「いいか堀田、高校インターハイに出たかったら悪は慎め。分かるな」


 俺もそれは分かっている。今は目標が出来た俺だ。いつまでもワルをやっている訳には行かない。

 だが冬休みに入って数日後のことだった。俺はいつものように近くの河川敷を走っていた。もう夕刻で日が沈みかけていた頃だ。河川敷の草むらに人が倒れているのが見えた。俺はその方向に走って行った。

 同じ高校の制服を着た女子高生のようだ。だが衣服が乱れ下着が露出していた。

 俺はすぐ状況を読みとった。彼女は強姦されたのだと。

 それが星野統子だった。この時は互いに面識もないし名前も知らなかった。

 一年生だけで四百人もいる学校だ。知らないのも当然だが。

 「おい! どうしたんだ?」 

 「いや〜〜来ないで! 見ないで!」

 「そんな事を言ったってよう。もう見たよ。大丈夫ぜったい誰にも言わない」

 「…………」

 彼女は沈黙したまま側に脱ぎ捨てられていた衣服を身に付けた。蒼ざめた顔をしているが、都会的な雰囲気でキリッとした顔立ちでかなりの美少女であった。それと比較して俺はゴツイ顔ではないが眼つきが悪く、善人にはほど遠い人相だと思う。上手く表現出来ないがヤクザ映画で例えるなら、相手を顔だけで威嚇出来る(こわもて)の顔? 自分でも鏡を見て産んだ親を恨みたくもなる。ただ俺にも美学はある。弱い者には手を出さないのが俺のポリシーである。


「大丈夫、約束する。それより怪我は無いのか」

「怪我はないけど……あたし……あたし」

「泣くな。もう忘れろ。そいつ等を教えろ、仇をとってやる。そして口を封じさせてやる」

「ありがとう、でも……貴方の名前は?」

「俺か、堀田優だ」

「え? あなたがあの……」

「知っているのか? 有名なワルだもの、だが心配するな。こう見えても女には優しいんだ」

「ううん、噂だけは知っている。でも顔は知らなかったわ」

 そう言って緊張が解けて来たのか統子は泣きじゃくった。

 無理もなかった。大きな心の傷を負ったのだ。出来るものなら誰にも知られたくなかっただろう。

 同級生にも親にも、それが知れたら統子は自殺をしかねない。それから俺は一生懸命に統子を励ました。ショックは隠せないが、俺の励ましが役にたったのか少し落ち着いたようだ。その時はそれで別れたが名前を聞くのを忘れていた。だがあの状況では聞きにくい、後にコーラス部に所属している星野統子と分かった。


 俺もかなりのワルだが、泣き崩れる彼女を見ていて怒りが湧いて来た。これは一人の仕業ではないだろう。か弱い女性を複数の人間で、強姦するなんて人間のする事じゃない。それから数日後の放課後彼女を探した。見つけたが最初は警戒する統子だったが。

 「いやごめんよ。心配でさぁ。様子を見に来ただけだよ」

 ごつい顏だが精いっぱい笑顔を浮かべた。統子も警戒を緩めた。

「先日はありがとうございました」

「いや元気ならそれでいいんだ。じゃあ」

「あっ待って一緒に言って欲しい所があるの」

二人でコンビニに行き飲み物を買い近くの公園で語り合った。

「ごめんな。待ち伏せした訳じゃないが心配でさ。このままで済めば良いのだが同じ ワルをして俺だから分るんだ。奴等をこののまして置けば呼び出されるか恐喝すると思う。おまえ……いや名前を聞いてもいいかな」

「あぁごめんなさい。貴方が名乗ったのに私は名前どころかお礼も言ってないわね。私、星野統子。先日は有り難う御座いました。私も心配なの。親にも先生にもこんな事は言えない。学校に知れたら私は退学して遠くに行って働こうと考えていたの」

「そうかぁ。そうだよな。気持ちは分るよ。どうだい俺に任せてくれ。悪いようにしないから。処で家族は知って居るのか?」

「ううん。服は破れていなかったし、いつものよう明るく振る舞ったから。でも部屋に入って悔しくって泣いたけど」

「それは良かった。大丈夫任せて置けってなんとかしてやるよ」

統子も思い出したくないのだろう。しかし不安で毎日を過ごすのは我慢出来ないのか決心したように話してくれた。

俺は統子の話を便りに奴等の正体を嗅ぎつけた。噂によると奴等は不良三人組で評判が悪く、高校中退して職にも就かず遊び歩いているらしい。それから数日後のこと、俺は奴等を捜しあてた。


つづく

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