第6話 魔王ちゃんが登校

「おはようさん」



「おはようございますわ、リョカさま――リョカさん」



「ふふふ、お姉さまと呼ばれていたあの頃はもう戻らない」



 僕が魔王のスキルツリーを解放してすでに3か月ほど経った今日、無事に高等部へと入学したのだけれど、この数か月で随分と馴れ馴れしくなった同級生たちを目に肩を落としてみる。

 きっと可愛らしい僕に手を差し伸べる人が現れるはずだ。



「今さらあんたに敬意を払う奴なんているわけないでしょう。阿呆だってバレたんだから阿呆らしく胸でも張りなさい」



「……おいおいぬりかべメスゴリラ、いくらドラミングのし過ぎで胸が抉れたからって僕のパーフェクトで慎ましい完璧な美乳を羨むこともないだろ――」



「ふんっ!」



「ひゅっ」



 ミーシャのパンチが鳩尾にクリーンヒットしたせいで、言葉と共に吐き出そうとしていた空気が小口から溢れ出た。

 躊躇なく拳を放つこの幼馴染は本当に聖女なのだろうかと思案する。



「最近効きが悪いわね」



「殴られるたびに気を失って堪るか。今の僕は魔王オーラで全身を覆っているからね、並の攻撃じゃ効くわけなんてないんだから――」



「ふんっふんっ!」



「いたたたたたっ、ってばかぁ! 効かないけれど痛いもんは痛いんだぞぅ、誰がアンコールを頼んだんだよ」



 ここは上手くスキルを使いこなしている僕を褒めるべき場面ではないのかと悪態を吐き、頻りにシャドーボクシングをしているミーシャを半目で睨む。

 所謂ジト目、可愛い。



 しかしふと、彼女のパンチ力が上がっていることに気が付き、首を傾げる。

 僕のオーラを抜くほどの火力は今までなかったはずだけれど、もしやまだ成長しているのかとどんどん聖女からかけ離れていく幼馴染におののく。



「なによ?」



「なんでもありません。それよりも――おはようございますわミーシャ、今日も良い天気ですわね」



「ええおはよう。天気の話題なんか興味ないわ、別の話をしなさいよ」



「一応ご令嬢なんだから少しは社交性を身に付けてくれない? まあ僕も天気の話でいつまでもキャッキャウフフしてたくはないけれど。で、今日は随分とのんびりしてたね、寝坊?」



 僕とミーシャは寮での部屋が隣同士ということもあり、毎朝どちらかが部屋のドアを叩いて一緒に登校していたのだけれど、今日はどれだけドアを叩いても彼女が出てこなかったから1人で校舎へと脚を進めていた。

 けれどこうして校内に入った辺りで合流出来たのなら、もう少し待っているべきだったかと、申し訳なくなる。



「ええ、ちょっと夜更かしして」



「夜更かしは美容の大敵だよ。なにをしていたのかは知らないけれど、夜はさっさと眠るべきだと忠告しておくね」



「ん、ありがとう。ただあたしもスキルをまともに使えるようになりたいから練習してるだけよ」



「付き合おうか?」



「いい、多分もうすぐで形になるし、あとは殻を破るだけだと思う」



 そう。と僕は短く返事をしてミーシャと肩を並べて校舎へと入った。



 入学して3か月、新入生である僕たちだけれど、未だにスキルを安定して扱える者は少ない。

 そもそもギフトを得たばかりでは、使いこなすのが困難なのは当然であるけれど、学校の教員が入学式で話していたように、新入生が入ってからの約5か月、この期間をどの学園でも魔の期間と言うらしく、上手くスキルを扱えない生徒が重大な事故を起こすことが多いと聞いた。



「ミーシャでも手こずるんだね。わりと飲み込みは早くなかった?」



「あんたもそうだけれど、魔王も聖女も、そもそも教えられるだけの前例が少なすぎるのよ」



「あ~……うん把握した」



 僕は魔王のスキルと肌があったからすぐに扱えるようになったけれど、人を癒すだの救うだの、ミーシャには似合わないそれぞれに苦戦しているのだろうと納得する。



 あまりこんな風には考えたくはないけれど、そもそも彼女が聖女を選んだのは僕の責任も大きく、どうにか協力できないかと頭を捻ってみるけれど、妙案は浮かばず、ばつの悪い顔でミーシャを覗いてしまう。



「そんな顔をするんなら今度あんたのスキルの使い方を見せなさい。一応参考にしてるから」



「あいよ。これでも僕は大分上手く扱えているから存分に参考にすると良いよ。でも使用用途も全然違うから、ちゃんと考えなよね」



「ん? ああ、ええ」



 歯切れの悪い返事に僕は首を傾げるけれど、教室に到着したから深くは追及せずに席についたのだった。

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