1章 魔王ちゃんと聖女ちゃんの学園生活。
第3話 聖職のお姉さま→最カワ最強お姉さま
「おはようございます」
「はい、おはようございます」
片足を斜め後ろに引いてもう片方を軽く曲げる目の前の女生徒が、スカートの裾を軽く上げて優雅に挨拶をしてくれた。
これはカーテシーだけれど、この世界にそんな文化はもちろんなく、可愛いかなと
ここは所謂学校であるのだが、中等部、高等部と別れており、中等部では義務教育、高等部からは任意となる。
僕がこの世界に生まれて早15年、様々な困難もなく平和に、そして幼子の特権とでもいうように可愛いを振り撒き、僕はここに立っている。
一部の人は僕のことを危険物でも扱うように大事にしてくれていた。
特にお父様はあちこちに走り回り、僕を宣伝してくれていた。
だけれどそれは10歳までの話、やんちゃ盛りも大人になったのなら、太陽が地平線に沈むように、顔を出すお月さまのように淑女へと変貌していく。
そして今日、僕はついにその淑女への扉を叩く。
「リョカ様、今日はついに成人の儀の日ですわね。わたくし、この日が待ち遠しくて」
「もう、大袈裟なのだから」
僕は後輩の女学生の頬に指先を添えて、前世の時に培った乙女ゲーの知識をフル稼働させて彼女の耳元で囁く。
「でも、あなたたちのおかげでこうしてここに立つことができました。ありがとう」
なんてことない感謝の言葉だけれど、女生徒が顔を赤らめて貧血を起こしたようにクラりと体を傾けた。
僕は彼女を支え、近くにいた子にその子を預けると小さく手を振って歩みを進める。
やっとここまで来た。
この世界に来て与えられた僕の名前はリョカ=ジブリッド、少し前までは問題児なんて陰口を叩かれていたけれど、今ではこうして後輩の女生徒たちにお姉さまと呼ばれるほどには清く正しく生活している。
「リョカお姉さま、お姉さまはやはり聖女様に?」
僕は女生徒に笑みを返した。
聖女様と女生徒が仰々しく言ったが、成人の儀――この世界では15歳になる年の者を集めて儀式をする。
成人式と卒業式と入学式を合わせたようなものなのだけれど、その際に成人を迎える者たちはギフトを選ぶ権利が与えられる。
そして僕はその儀式により、聖女と言うギフトを選ぶことを期待されていた。
15年前、この世界に産み落とされた頃の
元の私を否定するつもりはないけれど、今の僕はあの時よりももっとずっと輝いている。
「皆さまの記憶に、心に残れるように精進するつもりですわ」
感心している女性徒へ別れを告げ、儀式が行われる講堂へと足を進ませると、見知った顔が横から湧いてきた。
僕は彼女に精一杯の愛嬌と上品さを兼ね備えたような、そんな完璧な一礼を繰り出す。
「ミーシャさん、今日はいよいよ儀式の日ですね」
「そうね」
短い返事をした彼女はミーシャ=グリムガント、僕の住む屋敷の隣にある屋敷に住んでいるご令嬢。幼馴染でもあるが、昔は可愛らしかった面影は今はなく、不機嫌そうなツリ目で腕を組んでいた。
「リョカ」
「はい?」
「一応聞いておくけれど、あたし的にはあんたんところのお父さんが危惧した通りになると張り合いが出てくるんだけれど、本当に聖女にでもなるつもり?」
「ミーシャさんは霊長類最強でも目指すんですか?」
「れいちょうるい?」
僕は口元を手で覆いながら笑みをこぼすと、どうにも不機嫌なミーシャと肩を並べて歩き出して、ポツリと声を出す。
「ポツり」
「は? というかあたしの質問に――」
「ミーシャ、僕はね、可愛いを見ている時も、可愛くなるためにしていた時間もたまらなく楽しかった」
「……」
全てを忘れられる。どれだけ酷い1日でも、可愛いものを見ていると楽しくなって世界を恨む気すら失せた。
この力はどれだけ凶暴なそれよりも、勇敢なそれよりも、絶望よりも、希望よりも――何よりも強く私の目には映った。
僕はミーシャと並んで講堂の扉に手を触れた。
「だからねミーシャ、可愛い僕はなによりも――」
扉を開くと、そこには煌びやかな、それでいて厳かな格好をした人々が僕たちを迎え入れた。
この学園の教員、我が国のお貴族様たち、教会の偉い人――全員が僕の行く末を見守っている。
僕が歩みを進ませると、誰も彼もが道を開け感嘆の息を吐くのだけれど、その呼吸が讃美歌にも劣らないほどの称賛となって僕の耳には届いたように思えた。
「リョカ=ジブリッド、あなたは9年間の教育課程を終え、これからは成人として歩むことになります。自身の頭で何事をも考え、選ばなければなりません。しかしこの学園での日々を糧に、あなたが歩むその道に祝福があることを私たちは願っています」
「はい、ありがとうございます」
朝礼などで見たことがある教員の男性が自身の背後にある石碑へと僕を促し、それに触れるように言った。
僕は息を吐き、その石碑に触れるとそこから光が奔り、空中にいくつもの文字を映しだした。
「おお、これほどのギフトの数は見たことがありません」
辺りを埋め尽くすほどのギフト。これは私が異世界から来たからなのか、それともそれだけの才能を持って生まれたかは定かではないけれど、より取り見取りとはまさにこのことなのだろう。
「さあ、リョカ=ジブリッド、あなたが歩む道をその手につかみ取るのです」
勇者、聖女、聖騎士――などなどのetc。どれもこれも身に余るような光栄で、とてもとても手を伸ばすことなどおこがましくて出来ないような、そんな気持ちにさせてくれる。
このギフトと呼ばれるものは所謂、スキルツリーの解放であり、この儀式で数あるプレゼント箱を1つ開ける。
それが今日の成人の儀である。
最初のスキルツリーの解放だけは個人が選択することが出来る。故に後の職業に最も影響されると言われているために、この儀式だけは何よりも厳格で、何よりも世界が祝福するべきものなのである。
そんな大事な日だからこそ、僕は後悔のないように、そしてこれから先に何があろうとも僕が鳴らすこの踵に福音をもたらされることを信じて、それを選んだ。
「ねえミーシャ」
「あ?」
僕は振り返り、肩を震わせて顔を青白くさせている教員を横目に、長い付き合いのある理解者に満面の笑顔を届ける。
「可愛い僕が、何よりも優先されるべきでしょう? だって、楽しいことが嫌いな人なんていないんだもの」
愛すべきか悩む幼馴染が、クツクツと喉を鳴らして笑い、歩みを進ませて呆然としている教員を無視して石碑へと触れたのを確認して僕は両手を広げた。
そして講堂が騒然としだす中、僕はウインクをしながら片腕を伸ばして指ぱっちん。弾いた指で人々を指し、勝気な表情を浮かべてみる。
「新たな魔王の誕生よ。祝福なさい、盛大にね」
数々のギフト、その中で最も僕が楽しくなる選択肢を選んだ。
それが、魔王――世界の敵であり、人々から畏怖されるべき存在。
「ふはははは~、括目しろ、もっと僕を見ろ、もっと僕に構え! 愛してくれないと――滅ぼしちゃう、ぞっ」
舌をベッと出し、お茶目さ全開の顔を浮かべてみる。
そんな僕に講堂中から悲鳴が上がった。
恐怖に顔を歪ませる者もいれば、頭を抱える者、操られていると錯乱する者、彼ら彼女らを見て僕はほくそ笑む。
そして調子に乗りたくなった僕は、どんなことをしても怖がる人々を前に前世で培った可愛いをこれでもかと披露する。
「くはははぁ、どうだ可愛いだろ~、可愛いって言え~。リョカちゃん最高~って言え――」
「ふんっ!」
「うぐぁ」
瞬間、突然意識が遠のく。
何が起きたのか、いや僕はこの痛みを知っている。調子に乗り過ぎた僕に天罰が下ったわけではない。この痛みは幼い時に何度も受けた痛みで、およそ霊長類最強の生まれ変わりである彼女から放たれたものだと察する。
「こ、この、クソメスゴリラ」
「聖女様よ、アホ魔王」
やはり愛するべきか一考の余地がある幼馴染、ミーシャに悪態を吐きながら僕は意識を手放すのだった。
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