#039 宣戦布告

「これは…………どう、解釈したらいいのでしょうか」

「心変わりして我々に媚びる方針に変わったとか?」

「「それはない!」」

「ですよね~」


 ――――キノタの会議室に集まる面々。そしてその視線の先にあるのは1通の書状。これはオミノ商会が送りつけてきたもので、その内容を要約すると『最近、近隣を騒がせていた賊がキノタを狙っているので注意されたし』となる。文面だけ見れば親切なアドバイスにとれるが……――――


「まぁ、後の"お咎め"を回避するための方便だろうな」

「つまり、我々はキノタを助けた側だ、と主張するつもりなんですか? 何と言うか、面の皮が厚すぎます!」

「これ、実質的には"宣戦布告"よね」


 戦争を起こす場合、事前に宣言して侵攻の正当性を主張しておく必要がある。この件はソレとは若干性質が異なるが…………この期に及んで、保身と言うか、国や領主に叱責された場合の言い訳を用意した"つもり"なのだろう。


 もちろん、この書状がただの嫌がらせで終わる可能性もあるが、そんなセコい手は今さら過ぎるし…………なによりもう、オミノ商会には後がない。旗色が悪いと勝負をおりて、それで当たりさわりのないやり方に戻れる段階は、とうに過ぎているのだ。


「ようやくですね。不謹慎ですけど、遅すぎて……」

「「…………」」


 商会が農村に圧力をかけるのなんて、別に珍しい話ではない。しかしキノタの再建事業は(実際には丸投げ状態だが)領主主導のものであり、そこに手を出せば領主を敵に回す事になる。


「完全に(直接的な妨害は)諦めたものだと思っていました」

「もしかしたらこの書状、商会のトップは知らないのかも」

「あるいは逆に、止める人が完全に居なくなってしまったか」


 オミノ商会がバカで、破滅に向かって突き進んでいるのは事実だ。しかしだからこそ、予想外の事態が起こる。それこそ…………『もう、終わらせたい』と思う者の意思に、商会長の背中が押されている可能性も。


「それで、対策はどうしましょう?」

「それはもちろん! 人をかき……」

「現状維持で良いだろう。最初から、賊の侵入は想定していた訳だし。何より下手に人を動かして、身中の虫に好き勝手されたくない」

「たしかに、その可能性は、ありますね」


 賊の侵入を手引きするバカは、間違いなく出てくるだろう。人は感情で動く生き物であり、いくら合理的に実現可能な"最良"を提案しても、バカは『安易で、自分に都合の良い可能性』に飛びつくのをやめられない。


「細部の判断は担当者に任せる。この際、多少の被害は容認する」

「それは……」

「まぁ、そういう事だ。それじゃあ俺は……」

「「??」」

「ハーレム邸建設のため予定地むこうに泊まり込むから、関係各所に伝えておいてくれ」

「ちょっと、無責任な!」

「もしかしてご主人様…………賊の狙いが"ご自身"だと考えているのですか?」

「その可能性は、高いだろうな」


 たとえば賊に畑を焼き払われても、村は潰れない。そういった理由で年税を滞納した場合は、状況を加味して減額されるし、なんなら見舞金が出る可能性だってある。その後の犯人捜査・責任追及を、どう逃れるつもりなのかは知らないが…………そこに俺が居ると居ないとでは、優位性に大きな差が出る。


 むしろ、村は無事で良い。キノタの方針を決めている俺さえ居なくなれば、あとは『後任次第の状況』に持っていける。


「そんな!?」

「それでは、護衛を!」

「必要ないだろう。むしろ、足手纏いだ」

「「…………」」


 ――――クロノの言葉を言い返せず、皆が一様に黙る。彼は間違いなく最高戦力であり、それは皆も理解しているが…………それで納得できるほど、彼女たちの中で、彼の存在は軽いものでは無い――――





「現地では、彼の指示に従って行動してもらいます。挨拶を」

「おおお、俺はサンボだ! 勝手な行動は許さない。皆! 俺の支持に従え!!」

「「…………」」


 ――――街道から一歩外れた人気のない林。そこには様々な事情で街を追われ、野盗になった者たちが集められていた――――


「ななな、なんだその態度は! これから……。……!」

「「………………」」


 ――――反応は冷ややかではあるものの、野盗を指揮するのはサンボ。彼は村を追われ、その復讐のためにオミノに寝返った。オミノ商会が本格的な攻勢に打って出た理由はココにもあり、猟師である彼の案内があれば、作戦の成功率も高くなる…………かもしれない――――


「アンタは、行かないのかい?」

「ふん! こんな汚れ仕事に、なんで僕が」


 ――――そしてすこし離れた場所で、サンボたちのやり取りを見ていたのはイーワンと赤髪の女剣士――――


「でもサンボアイツ、あまり適任とは思えないけど?」

「問題無いさ。作戦が成功しても、失敗しても。全ては僕の考えたシナリオ通りになる」

「ふ~ん。そうかい。そうだとイイね」




 ――――サンボだけでなく、イーワンもまた『自分は有能』だと盲信していた――――

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