#038 苦労人

「なっ、キノタだと!? 悪いが他をあたってくれ」

「ちょ、せめて話だけでも!」


 ――――寂れた酒場の片隅には、小悪党に逃げられる商人の姿があった――――


「無駄だって言っただろ? まぁ、それでも仲介料はいただくがな」

「だからって、止められたら苦労は……」


 ――――断られたのはオミノ商会所属の商人。オミノ商会は悪徳商会だが、あくまで"商会"なのでマフィアのように暴力でねじ伏せる行為は専門外。そのため金で動く荒くれ者を探したのだが…………そのことごとくが、キノタの名前を聞くと逃げるように去っていく――――


「おっちゃん、苦労しているみたいだね」

「え? あぁ、その……」


 誰だろう? 我が物顔で俺の向かいに座ったのは、赤い髪に眼帯の女剣士。見た目は冒険者だが、ここは余所者が利用する様な上等な酒場ではない。


「もう、この辺でキノタや死神の名前を知らない者はいない。だからいくら金を積んでも無駄。ちゃんとした悪党なら、尚更ね」

「え? あぁ!」


 言われてみれば確かにそうだ。悪党に"学"が無いと言っても、界隈の噂にはそれなりに明るいはず。それこそ死神に関しては、我々よりも明るい可能性すらある。そうなると、ちょっとした妨害でも関わるのは避けられて当然。


「本当に、あそこは地獄さ」

「見てきたんですか?」

「仕事でチョットだけね。あの村は、そう、監獄だね。働いているのは奴隷落ちした村民と、各地のスラムで掻き集めた浮浪者や孤児ばかり。もし死神に逆らおうものなら…………その場で容赦なく処刑される」


 彼女の証言は、こちらの調べとも一致している。冒険者・死神クロノの二つ名は有名で、現在は冒険者を引退して隠居生活をおくっているものの、オミノに来る前は自らマフィアを指揮して奴隷や娼婦を使って手広く儲けていた。


 つまり死神は、マフィアかそれ以上の戦力と権利、そして倫理観を持っており、そこらのチンピラ、それこそオミノのマフィア程度では到底敵わない危険な相手なのだ。


「そんなに危険なヤツなんですか? たしかに危険だって意見もありますが、その一方で、出入りしている(他商会の)商人の評判は良いんですよね」

「それは、金蔓には良い顔をするさ。しかし問題はソコじゃない」

「え?」

「死神は"元"とは言え一流冒険者。一流って事は、依頼する相手も一流。お貴族様どころか、王宮関係者から密命を受ける事もあるそうだ。死神自身は貴族では無いが、その権力は下手な貴族を軽く凌駕すると思っていいぜ」

「ぐっ……」


 脂汗が噴き出したのが分かる。キノタに対しての妨害行為はこれまでもやっていたが…………報復を受けずにやってこられたのは『相手にその力が無いから』ではなく『そもそも相手にされていなかった』ためだったのだ。


「まぁ呑みな! そんな顔じゃ、上手くいくものもいかないよ」

「えっと、すいません」


 分かってはいたが、オミノ商会はお終いだ。それを悟って辞めた者は多いが…………俺の場合は、家の問題もあるのでアイツラのように(商会を辞めて)他所へ移住する事は出来ない。幸い、役職もあって給料はそれなりに良いので、商会が潰れるまで、なんとか上手く立ち回るしかない。


「ハハッ! 良い呑みっぷりじゃないか。さぁ、もう一杯!」


 そう、オミノ商会が潰れてしまえば、(転職を妨害される心配が無いので)オミノを離れずに済む。それこそ、代わりに出来た商会に入る事だって出来るんだ。


 そう考えると気持ちは軽くなり、酒も気持ちよく、喉を流れてくれた。





「なかなか良いと思うんだけど、どうかな?」

「どうと言われても、私は使いませんし」

「え~。村で売るんだから、しっかり体験しなくちゃ…………ねっ!」

「ちょ!?」

「…………」


 ――――嫌らしい笑みを浮かべるマゼンダが、大量の粘液をシアンにぶっかける。そしてその光景を静かに見守るシズ――――


「完璧、いや、予想以上の仕上がりです!」

「うぅ、ぬるぬる……」


 マゼンダは仕方ないにしろ、最近、シズさんの豹変ぶりが留まるところを知らない。


 当初、シズさんは内気だがひた向きな職人としてクロノさんにスカウトされた。そして農業関係の調査・研究で活躍してくれたのだが…………その活動も一段落したところで、不味い方面の"扉"が開いてしまった。


「でも、すこし粘度が高すぎない?」


 このローションを開発したのはシズさんだ。漁村ヒノルタからは海藻も仕入れており、料理に活用しているのだが、このローションもその海藻から作られている。


「それは薄め具合で調整できるはずです。まずは……。……」

「…………」


 趣味や性格は人それぞれだが、マゼンダがオープンなエッチなのに対して、シズさんはエッチな事に興味津々ではあるものの、その感情を表に出すことなくこれまでやってきた。それは珍しい事では無く、むしろ普通だと思うのだが…………キノタの環境は、シズさんの隠れた趣向を暴走させるのに、適しすぎていた。


 クロノさんの知識や助言、そして娼館での需要と資金提供を受け、シズさんの職人魂が『大人向け玩具の分野』で火がついてしまった。結果として、元から個性的だった娼館でのサービスが更に独自の発展をとげ、さらには大人向け玩具の販売事業も絶好調。注文が殺到しすぎて、生産が追いついていないのが現状だ。


「それじゃあ早速! って、試作機はまだ、出力調整が間に合っていなかったわね」

「フフフ。こんな事もあろうかと、すでに調整は終えています。しかも、振動機能付きです!!」


 高価な魔導義体を卑猥な形に整形し、さらにはローションを詰める狂人たち。やっている事は男性の機能の際限であり、そんな事『男性に頼めば済むのでは?』と思ってしまうが…………娼館では同性同士のショーも人気で、コレがあれば女性同士でも繋がれるほか、男性に装着して疑似的に性器を増やす事も可能となる。


 それらが見世物として独自性があるのは理解できるが、それにしてもこの開発作業、実は軽く家が買えるくらいのお金がかかっている。私の感覚からするとバカげているのだが…………先にも言ったが、この事業は好調で黒字化も達成している。クロノさんもよく言っているが、性欲は三大欲求の1つであり、その需要は軽視できるものではない。


「さすがね。それじゃあ、試験は私が」

「待ってください! いつも貴女ばかりに……! ……!?」

「えっと、それじゃあ、私は……」


 この後の流れは目に見えているので、今のうちに撤退しておく。


「逃がすか!」

「にゃうん!?」




 ――――こうしてキノタは、奇抜な発想から生まれた独自商品を武器に、着実に収益をあげていた――――

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